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現下の情勢にあって、現役の自衛官には、統率(指揮・統御)力の修得・向上に精励されんことを切望します。その演練の一つとして、部下部隊と対面する機会を日々作為し、国内外情勢から防衛政策、防衛力整備、隊務方針、指導要領、訓練に臨む姿勢、家族愛等、あらゆるテーマを対象に自らの言葉で部下部隊に自らの思いや考えを発信する努力を続けてもらいたいと思います。
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一般社会において時短をはじめとする働き方改革が定着してきた昨今、これに連動する形でデジタル技術の導入・移行が一気に加速することで顕在化しつつある「デジタル偏重」の危険性に警鐘を鳴らす記事が散見されるようになりました。
デジタル機器を通じて得た膨大な量の情報・知識を十分に選別・分析することなく、自らの都合にだけ適合する考え・内容を周囲に示すことを、「迅速」「効率」「利便」と言い放って憚らない人も少なくないようです。
また、デジタル機器の安直な使用が各種問題を引き起こし、その弊害は他人のメンタルヘルスや各種ハラスメントにも波及するという社会現象にもなっています。
社会の縮図と言われる自衛隊組織にあっても、科学技術の発展や省人化等の背景から、隊務運営上の業務効率化並びに各種防衛力整備事業のデジタル化が促進されて久しく、とりわけ安保3文書が策定され抜本的防衛力強化に伴う防衛費の増加によりデジタル化はいっそう進んでいるはずです。
隊員の募集が難航する中での業務量が増大していることと、隊員間の意思疎通がデジタル機器に依存する度合いが高まることを考えると、指揮官にとって統率(指揮と統御)力を練磨する機会が減少し、隊員相互の信頼感醸成が十分できず、平素の隊員指導、ひいては実員指揮において重要となる部下の掌握、企図の明示、適時適切な命令等を実行するにあたって、自信を得ないまま不安すら抱えることになってしまうのではないでしょうか。
優れた統率力はいかなる時代であっても、国家の存続には不可欠であり、その修得・向上は不変でなければならないはずです。これから数十年も経てば、AI、量子コンピュータ、ロボティクス等が飛躍的に進化しヒューマノイドを主体とした戦いが常態化することになっていくのでしょう。考えようによっては近未来戦争においても戦いの成否を決するのは統率の出来次第になるのかもしれません。
米空軍はすでに組織の「再最適化」事業を進める中で、人材育成の分野の一項目に、「大国間競争の環境下で適切に兵士を指揮統御(統率)できる将校育成を目的とした、米空軍士官学校、将校教育学校、予備役コースにおけるリーダーシップの育成・訓練見直しを継続している」とのことです。
私自身、初級幹部の時代には、幹部候補生学校や幹部普通課程入校によって机上で学んだ指揮・統御の概念を、日々勤務する中で、上司、階級上位者、年配の上級空曹、同世代の空曹士との間で、命令と服従、感化教導等を意識して時には理屈で、またある時には感情的になりながら、実践を通じて心理工作を含めた統率技能を少しずつ身に付けていったように思います。
自衛隊も、きっと米軍と同様に、それ以上に人材育成のための各種施策をこれから打ち出していくことでしょう。しかし、組織主導の育成策だけに依存してはなりません。ぜひ個人として統率(指揮統御)の修得・能力向上を目指していくべきです。その過程で参考となる方法・手段は数多く存在しています。
今後、私が部隊指揮官となった際に積極的に実践した、訓示、就任の辞、各種挨拶を掲載していきます。指揮官としての意志、当該部隊のビジョン、部隊部隊の慰労・激励等、様々な目的をもって実施してきたものです。部下部隊等に対して自己の考えを積極的に発信していくことは、統率の初歩ではありますが、安易な気持ちで臨むべきではない重要な一歩でもあります。
指揮官には、精強な部隊を育成することを強く求められています。その責務を果たすためには、自らの統率(指揮・統御)力のあくなき向上が不可欠であり、この自己研鑽があってこそ、部隊の精強化が図られていくのだと確信しています。