ホーム人材育成の糧訓示等の実例集

訓示等の実例集

「統率力の修得・向上の必要性について」:福江広明 令和6年5月20日

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現下の情勢にあって、現役の自衛官には、統率(指揮・統御)力の修得・向上に精励されんことを切望します。その演練の一つとして、部下部隊と対面する機会を日々作為し、国内外情勢から防衛政策、防衛力整備、隊務方針、指導要領、訓練に臨む姿勢、家族愛等、あらゆるテーマを対象に自らの言葉で部下部隊に自らの思いや考えを発信する努力を続けてもらいたいと思います。

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 一般社会において時短をはじめとする働き方改革が定着してきた昨今、これに連動する形でデジタル技術の導入・移行が一気に加速することで顕在化しつつある「デジタル偏重」の危険性に警鐘を鳴らす記事が散見されるようになりました。

 デジタル機器を通じて得た膨大な量の情報・知識を十分に選別・分析することなく、自らの都合にだけ適合する考え・内容を周囲に示すことを、「迅速」「効率」「利便」と言い放って憚らない人も少なくないようです。

 また、デジタル機器の安直な使用が各種問題を引き起こし、その弊害は他人のメンタルヘルスや各種ハラスメントにも波及するという社会現象にもなっています。

 

 社会の縮図と言われる自衛隊組織にあっても、科学技術の発展や省人化等の背景から、隊務運営上の業務効率化並びに各種防衛力整備事業のデジタル化が促進されて久しく、とりわけ安保3文書が策定され抜本的防衛力強化に伴う防衛費の増加によりデジタル化はいっそう進んでいるはずです。

 隊員の募集が難航する中での業務量が増大していることと、隊員間の意思疎通がデジタル機器に依存する度合いが高まることを考えると、指揮官にとって統率(指揮と統御)力を練磨する機会が減少し、隊員相互の信頼感醸成が十分できず、平素の隊員指導、ひいては実員指揮において重要となる部下の掌握、企図の明示、適時適切な命令等を実行するにあたって、自信を得ないまま不安すら抱えることになってしまうのではないでしょうか。

 

 優れた統率力はいかなる時代であっても、国家の存続には不可欠であり、その修得・向上は不変でなければならないはずです。これから数十年も経てば、AI、量子コンピュータ、ロボティクス等が飛躍的に進化しヒューマノイドを主体とした戦いが常態化することになっていくのでしょう。考えようによっては近未来戦争においても戦いの成否を決するのは統率の出来次第になるのかもしれません。

 
 米空軍はすでに組織の「再最適化」事業を進める中で、人材育成の分野の一項目に、「大国間競争の環境下で適切に兵士を指揮統御(統率)できる将校育成を目的とした、米空軍士官学校、将校教育学校、予備役コースにおけるリーダーシップの育成・訓練見直しを継続している」とのことです。

 私自身、初級幹部の時代には、幹部候補生学校や幹部普通課程入校によって机上で学んだ指揮・統御の概念を、日々勤務する中で、上司、階級上位者、年配の上級空曹、同世代の空曹士との間で、命令と服従、感化教導等を意識して時には理屈で、またある時には感情的になりながら、実践を通じて心理工作を含めた統率技能を少しずつ身に付けていったように思います。

 自衛隊も、きっと米軍と同様に、それ以上に人材育成のための各種施策をこれから打ち出していくことでしょう。しかし、組織主導の育成策だけに依存してはなりません。ぜひ個人として統率(指揮統御)の修得・能力向上を目指していくべきです。その過程で参考となる方法・手段は数多く存在しています。


 今後、私が部隊指揮官となった際に積極的に実践した、訓示、就任の辞、各種挨拶を掲載していきます。指揮官としての意志、当該部隊のビジョン、部隊部隊の慰労・激励等、様々な目的をもって実施してきたものです。部下部隊等に対して自己の考えを積極的に発信していくことは、統率の初歩ではありますが、安易な気持ちで臨むべきではない重要な一歩でもあります。

 指揮官には、精強な部隊を育成することを強く求められています。その責務を果たすためには、自らの統率(指揮・統御)力のあくなき向上が不可欠であり、この自己研鑽があってこそ、部隊の精強化が図られていくのだと確信しています。

就任の辞:鈴木航空幕僚長(平成2年7月9日)

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現役時代における自身(福江広明)による部下部隊に対する着任の辞、訓示、各種挨拶などを探していたところ、上司の意図を知ることと、自分自身の指揮官としての発信力を高める参考にすることの目的で、保管していた資料(写し)を数点、発見しました。そこで、まずは大先輩の精錬された挨拶文を掲載することから始めます。

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 本日、航空幕僚長の職を継承した。

 激動する内外の情勢に鑑み、我々は、なお一層毅然たる態度を堅持して黙々と職務に邁進しよう。
 この重要な時期に当たり、隊務運営の指針を別に示したが、私の意のあるところを体して、一致団結、総力を結集して精強さを追求し、国民の信頼に応えよう。

 私は、諸官の陣頭に立ち任務至上、全力を尽くす決意である。


平成2年7月9日
航空幕僚長 空将 鈴 木 昭 雄



「隊務運営の指針」

 

1 全般

(1)航空自衝隊は、空における精強な存在により、国の安全保障に貢献し、もって我が国の進歩と発展に寄与する。

(2)我々は、空の守りを通じて、この国家社会の生存と繁栄に直接奉仕できることに、強い誇りと自信を持とう。


2 隊務運営の要件

(1)防衛は、国民の信頼が原点である。信頼は、求めるものでなく得るものである。我々は、国民のために存在することを常に念頭に置き、国民に開かれ,国民のために汗し、国民とともに歩む心と姿勢を保持することが大切である。

(2)隊員は、航空自衛隊の貴重な宝である。人材の確保に努め、一人一人の個性を尊重し伸展させてこそ自主自律、自由闊達な雰囲気が生まれ、組織活力の源となる。また高い士気は、我々の組織の命脈であり、人間性に対する深い理解が、その基盤にある。

(3)航空防衛力は、量をもって質を補えない特性がある。空における精強は、技術、練度、運用において常に世界第一級を飽くことなく追求する姿勢から生まれる。この精強の維持こそが有事、有効な対処力となり、平時においても真に有効な抑止力として機能することになる。

(4)アメリカ合衆国との信頼関係は、我が国の安全保障の基盤である。我々は、米軍特に米空軍との信頼の絆を強くするため、あらゆる場において不断の努力を払わなければならない。精強な組織の存在とともに、隊員一人一人の武人として自己を練磨する真摯な姿勢こそが信頼を得る道である。

 

3 隊員の行動規範

(1)航空自衛隊は、大空を行動の場とする機能集約型の組織である。この組織において信頼される隊員となるためには、隊員は、まず一人一人がそれぞれの職域においてプロフェッショナルになることを要求される。

(2)我々は、これまでの挑戦の歴史を通じて、エアマンシップの練磨を伝統の心としてきた。エアマンシップとは、「迅速機敏」、「積極進取」、「柔軟多様」、そして「協調」を基調とする思考と判断と行動であり、これを継承し続けよう。

(3)大空に生きる者として我々は、「明るい心」、「さわやかな心」、「謙虚な心」を大切に育てよう。

離任の辞:杉山航空幕僚長(平成8年3月25日)

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現役時代における自身(福江広明)による部下部隊に対する着任の辞、訓示、各種挨拶などを探していたところ、上司の意図を知ることと、自分自身の指揮官としての発信力を高める参考にすることの目的で、保管していた資料(写し)を数点、発見しました。大先輩の精錬された挨拶文を掲載することから始めます。

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離任の辞

 私は3月25日付をもって、統合幕僚会議議長を命ぜられ、航空幕僚長の職を辞することとなった。
 一昨年7月、航空幕僚長拝命以来、隊員諸官にあっては、各級指揮官を中核に一致団結、昼夜の別なく献身的な努力を払い、各種の困難を克服し、よく私の期待にこたえてくれた。ここに深甚なる感謝の意を表するものである。
 特に在任間は、空自創設40周年の節目に当たり、諸官とともに、新しい一歩を踏み出した時期であった。また、同時に、20年ぶりの「新防衛計画の大綱」策定の時期に当たり、 「これからの航空自衛隊」について、ともに議論し、その方向付けができたことは、貴重な経験であった。
 新大綱においては、最近の報道等においても顕著なように、一段と厳しさを増しつつある、周辺軍事情勢への対応に加えて、災害派遣、安全保障環境の構築等、任務の多様化、国際化が期待されるところとなった。既に着手されている数々のプロジェクトに加え、 これらの任務を的確に遂行するために、一層の努力と創意が必要とされるところである。
 幸いにして、私の後任には、新進気鋭、人格見識に卓越した新航空幕僚長村木空将を迎えることとなったので、新航空幕僚長を中心に、ますます一致団結し、新しい時代の新しい組織を目指してまい進されるよう、期待するものである。諸官の更なる健闘を祈る。
 終わりに、本職在任間、各種行動中に殉職された御霊の御冥福と御遺族の御多幸をお祈りするとともに、隊員諸官と御家族の御健康と御発展を祈る。

平成8年3月25日
航空幕僚長 空将 杉山 蕃

着任の辞:杉山統合幕僚会議議長(平成8年3月25日)

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現役時代における自身(福江広明)による部下部隊に対する着任の辞、訓示、各種挨拶などを探していたところ、上司の意図を知ることと、自分自身の指揮官としての発信力を高める参考にすることの目的で、保管していた資料(写し)を数点、発見しました。大先輩の精錬された挨拶文を掲載することから始めます。

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   統合幕僚会議議長着任の辞


 私 杉山蕃は、本日付をもち統合幕僚会議議長を拝命致しました。


 激しく揺れ動く国内外情勢の中、自衛隊が新しい一歩を踏みだそうとするこの時期、統合幕僚会議議長拝命を光栄に思いますとともに、その職務の重さに身の引き締まる思いを致して居ります。

 申し上げるまでもなく、今日の国際情勢は、旧ソ連邦の崩壊に伴う冷戦構造終罵後の「対話と協調」に基づく新しい国際秩序構築のための努力と、民族・宗教・領土などをめぐる対立、抗争という相反する二つの流れが大きなうねりとなり、揺れ動き、不確実・不透明な状況であります。
 一方、国内においても、阪神淡路大震災、地下鉄サリン等社会的に極めて大きな混乱をもたらした事件等の余燈いまだ冷めやらぬところであり、他方においては長期にわたる経済不振の脱却に向け、懸命の努力が継続されている等、諸般の問題を抱える中、日米安保の再評価、周辺軍事情勢への対応等防衛への関心も一段と高まりつつある情勢にあります。

 このような国内外情勢の中にあって、我々自衛隊は次の課題に直面していると思います。
 第1は、与えられたいかなる任務にも即応できる質の高い組織集団として、「精強さ」を維持、向上するとともに、その力を有効に発揮できる態勢を堅持することであり、

 第2は、昨年末策定された「新防衛計画大綱」及び「中期防衛力整備計画」に基づ
き、より効率的な組織を目指すとともに、必要な機能の充実と質的向上を図ることであり、

 第3は、これと並んで、今後、より重要性を増す日米安全保障体制のさらなる充実・強化に努力するとともに、より安定した国際社会の実現に資する事などであります。

 本来、自衛隊は、国家諸機能のうち最も「堅実」かつ「重厚」であるべきものと認識していますが、不確実・不透明な時期にあっては、なおさら周囲の変化に、右顧左眄することなく我が国の平和と独立を守るという崇高な任務に誇りと自信を持ち、整々として、三自衛隊の「力」を結集し、任務を完遂し国民の期待に応えなければならないと考えます。

 三自衛隊の「力」の結集という観点から申し述べますと、各自衛隊相互の信頼感など基盤となるものについては諸先輩のたゆみない努力により既に整っていると思いますが、統合機能の拡充強化、統合運用能力の向上等についてさらに充実、発展の努力が必要であり、このために、統合幕僚会議が果たさねばならない役割は重かつ大であると考えます。
 歴代統合幕僚会議議長の培われた伝統を基礎とし、諸官とともにこれら諸問題に取組み、自衛隊の発展と統合の充実に努力したいと考えております。

 諸官の、ご支援、ご協力をお願いして、着任の挨拶といたします。

                  平成8年3月25日
                   統合幕僚会議議長
                    空 将  杉 山  蕃

就任の辞:村木航空幕僚長(平成8年3月25日)

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現役時代における自身(福江広明)による部下部隊に対する着任の辞、訓示、各種挨拶などを探していたところ、上司の意図を知ることと、自分自身の指揮官としての発信力を高める参考にすることの目的で、保管していた資料(写し)を数点、発見しました。大先輩の精錬された挨拶文を掲載することから始めます。

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          就 任 の 辞

 本日、航空幕僚長の職を継承した。全力を傾注して、この重責を全うする覚悟である。
 航空自衛隊は、創設以来40年余りの歴史を積み上げ、尊い犠牲を払いつつも、確固たる信念とたゆまぬ努力によって幾多の困難を乗り越え、着実に態勢を整えてきた。我々は、この歴史を誇りとし、よき伝統を受け継ぎ、引き続き理想を追求し、我が国防衛の先兵として、ますますの発展、充実を期さなければならない。
 しかしながら、時まさに歴史的転換期を迎え、航空自衛隊は激動の波間にある。すなわち、国際情勢は冷戦構造に代わる新たな安全保障環境を構築できず、依然として不透明、不確実である。我が国においても、防衛力は、国家安全保障の重要な役割として積極的かつ明確に位置付けられたものの、そのコンパクト化と近代化が求められている。
 航空自衛隊は、こういう時こそ揺るぎなき態勢を堅持し、さっそうとして期待にこたえうる組織であることが重要である。組織の真価は逆境によって顕現され、組織の将来は今日の課題にいかに対処するかによって決定される。その意味から、現在は航空自衛隊の真価が問われる時期であることに思いをいたし、今日の努めと明日の備えのために全員でがっちりとスクラムを組み、すがすがしい汗を流そうではないか。
 ここに就任に当たり、我が隊務遂行において、保持すべき姿勢、思考、行動の骨幹とすべき、 「隊務運営の指針」を明示し、来るべき21世紀に向かって我が航空自衛隊の更なる精強化への起点としたい。
1 作戦体質の維持
2 質的優位の確保
3 有機的な組織活動の実施
4 統合マインドの追求
5 米国との信頼の醸成
6 社会との協調
 本職、空を守る果てしない情熱の下、諸君とともにあり先頭に立つ。
 諸君の健闘を祈る。

平成8年3月25日
航空幕僚長 空将 村木 鴻二
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