ホーム活動の計画と結果令和6年度の焦点、月別の細部計画等

令和6年度の焦点、月別の細部計画等

令和6年度プロジェクト活動の焦点

 昨年度の上半期は、安保3文書に受けた上での航空自衛隊の戦力設計について、我が国の防衛力整備7本柱を各メンバーに割当て・発表して、議論を進めていきました。下半期では、空自の再最適化をテーマに、レディネス(即応性)を考えてみました。
 
 今年度は、講師をお招きしての意見交換会が先行した形で活動を開始しています。一方で、年間の計画に関しては、防衛力整備、防衛政策等にあたって現役が抱える課題の解決に少しでも役立つようにと、テーマの選択・検討をしてきました。

 こうした中、年度当初から他の研究グループとのコラボ勉強会を併行して行うこととなったため、当面(6年度中となると思われます)、指定されたメンバーが自ら選択したテーマに関して他のメンバーにブリーフィングし、その後、参加メンバーとの質疑応答及び意見交換する形態をとることにしています。

令和6年度の活動計画


開催数 主な研究テーマ 開催月日 参加者
第1回 ①「拡大抑止」②「イスラエル・ハマス戦争」 6.9 8名
第2回
第3回
第4回
第5回
第6回
第7回
第8回
第9回
第10回

第1回勉強会(6月9日):テーマその1 「拡大抑止」(発表者・荒木淳一)

今年度は、メンバーが個別に選択したテーマについて発表した後、他メンバーとの意見交換を行うこととしている。第1回勉強会のうち、最初のテーマは「拡大抑止」であり、荒木淳一が下記のレジメに基にブリーフィングを実施した。


「拡大抑止について」:荒木淳一 

 

1 核抑止にかかる概念/戦略等の変遷

(1) 「抑止」の基本的概念等の整理(別紙第1参照)

〇核抑止論における「戦略的安定性」

・双方が非脆弱な核報復能力を持つことで抑止が機能

「安定・不安定の逆説」

・戦略レベルの戦略的安定性が地域レベルの安保環境を不安定化させる逆説的な状況

「拡大抑止」≒「拡大核抑止(Extended Nuclear Deterrence)」+「拡大通常抑止(Extended Conventional Deterrence)」

拡大核抑止(所謂、「核の傘」):第三国からの同盟国に対する武力攻撃を、核による報復、更に必要があれば核の投げ合いまでエスカレートするという脅しで抑止すること

拡大通常抑止:通常戦力に基づく抑止で、主として拒否的能力(相手の作戦目的を達成させない態勢)を整えることによって相手からの武力攻撃を抑止すること。できるだけ相手の戦力を叩くと同時に自分の戦力を防御する能力に基づく抑止。

拡大抑止が機能する要件;①抑止する側(米国)が報復する意思と能力を持つこと、②抑止される側(中国、ロシア、北朝鮮)が相手に意思と能力があると認識していること、③抑止の提供を受ける者(日本)が拡大抑止を信頼していること。

 

2) 核戦略等の変遷

〇冷戦期;核抑止論を巡る二つの考え方が併存

  • 核兵器の存在自体による抑止効果を重視する考え方:宣言に軸足を置く戦略(宣言戦略)

・抑止が破れた場合の報復攻撃の信頼性確保:相手の第一撃に対して非脆弱性を有する第2撃能力によって構成(「大量報復戦略」「相互確証破壊戦略(MAD)」;抑止を前提とした戦略

②核兵器を実際に使用することを前提にしなければ抑止力は担保されないとする考え方:実行に軸足を置く戦略(実行戦略)

・抑止が破れて戦争が始まったとしても最小限の損害によって勝利し得る態勢を構築することが抑止力を機能させるうえで重要(「限定核戦争論」、「柔軟反応戦略」;抑止が敗れた場合の対処を含んだ戦略)

宣言戦略と実行戦略の組み合わせ米国の核抑止体制の実効性が担保

(戦略核レベルのMAD体制+柔軟反応戦略で示されたエスカレーション・ラダーの整備)

 

〇冷戦終結後米核戦略の前提の変化と新たな概念の登場

グローバルな冷戦と地域情勢とのリンクの切断

・戦略レベルで相互抑止が確立していれば、それぞれの地域でも核抑止に適応できた状態が消滅

「テイラード抑止」の概念登場;米国の核抑止戦略が適用され得る対象が多様化し、地域ごとの抑止力のあり方を適用する必要(2002NPRで初提示、2010/2018NPRで継承)

・冷戦後の核拡散(北朝鮮、イラン)

⇒損害限定による拒否的抑止+通常戦力+αによる抑止へとシフト

2002NPR「新たな核の三本柱」核・非核の打撃力、②ミサイル防衛能力、③核兵器産業インフラ)+「テイラード抑止」の考え方

 

「核の忘却」の時代

核抑止に関する関心の低下、国際テロリズム・中東が主要関心事へ

⇒三つの重要な戦略的課題;①核テロリズム、②核拡散、③中露との戦略的安定性(対決ではなく協調ベース)への対応

戦略核に関する問題の顕在化(「核の忘却」が招いた結果)

  • 核弾頭の老朽化、②運搬手段の老朽化、③核を管理する部隊・組織の問題顕在化(不祥事の発生、士気の低下)⇒核戦略への信頼性の低下

 

〇「核の復権」の時代

・トランプ政権のNSS2017/NDS2018脅威認識中国:同等の戦略的競争相手をベース

・核兵器の役割;核攻撃を抑止する事が核兵器の唯一の目的(Sole Purpose)ではな

核兵器の役割を核抑止以外にも再拡張「核・非核攻撃の抑止」)

⇒低出力核オプションの必要性も再認識

北朝鮮の核・ミサイル開発:米国の核戦略に影響

・過去三回の決定的圧力(韓半島危機)非対称な形で北朝鮮と米韓連合軍との間に「相互の脆弱性」が成立(限定的な攻撃でもソウルに対する攻撃が生起し「火の海」になることが認識)

・更に、北のミサイル長射程化は「相互の脆弱性」の状況を拡大

⇒米国の核戦略に大きな二つの影響;①報復よりも損害限定を重視(MD等)する必要性の高まり(MD体制の構築等)、②同盟政策への影響(同盟国に対する拡大抑止の信頼性強化の必要)

⇒日米間の日米拡大抑止協議(EDD

米韓の拡大抑止政策委員会(EDPC)→抑止戦略委員会(DSC)⇒「米韓ワシントン宣言」(2023.04.26

 

〇「第二の核の時代」における課題(*「核時代の新たな地平」)

重層的な戦略的安定性の構築が不可欠

地域レベルの戦略的安定性と米ロや米中の戦略的安定性は重層的に成立

・「3大核大国」:中国の核戦力の大幅な増強によって生み出された核抑止の構図。

⇒冷戦期の二極安定化での核の理論を見直す必要性。

・今日の「核の時代」の戦略的安定性が極めてデリケートなバランスの下にあること。

→全ての核保有国は2か国以上の潜在的な敵対国の脅威に直面している(「戦略的同時性(多正面危機)*村野氏」

核兵器の役割の再検討が不可欠核兵器から通常兵器までを含んだ「テイラード抑止」が必要

・核の拡散と近代化イラン、北朝鮮等の核兵器の水平/垂直拡散の傾向

・核運搬手段の近代化(極超音速兵器等)により、迎撃手段の開発が急務

→近代化と技術進歩のペースが戦略的安定の向上より脅威や懸念という形で不安定性を高める可能性

・軍備管理の終焉

・第一の核の時代に形成された軍備管理の枠組みのうち、核兵器国間の軍備管理・軍縮条約、核兵器国と非核兵器国との間の軍備管理条約が終了や履行停止に追い込まれている事実(ABM条約、IMF全廃条約、オープンスカイズ条約、新STARTCTBT等)

・新領域(宇宙、サイバー、電磁波、認知)の活動の核抑止への影響

・核抑止を安定化させるのか、不安定化させるのか

 

2 日本における抑止に関する取り組み

〇日本における抑止概念の変遷

・「抑止」は基本的に核抑止を指す概念から広く軍事力全般で捉える概念に徐々に変化

・第4次防(1972年)~51大綱~16大綱:「核の脅威に対しては米国の核抑止力に依存」+平和時の必要最小限度の防衛力:「基盤的防衛力構想」

・日米防衛協力の指針(日米GL):米国は日本防衛のためのコミットメントを達成する為核抑止力を保持」⇒「核戦力を含むあらゆる種類の能力を通じ、日本に拡大抑止を提供」

拡大抑止に関して米国への完全依存から我が国自身の取り組みも加味するスタンスへ

2010大綱(22大綱)以前の考え方;「米国の核抑止力に依存」(1976大綱から継承)

1995大綱:核抑止力に依存する考え方を継承しつつ、核軍縮への努力に言及(樋口リポートにも同様の記述)

2004年大綱;ミサイル防衛システム(BMD)を核抑止の補完的要素として位置づけ

新たな宣言政策(2010大綱(22大綱));「不可欠」+我が国自身の取り組み

米国の新たな核抑止の考え方を反映(2002NPR2010NPR

・「新たな核の三本柱(トライアッド)」、「テイラード抑止」等の変化を反映

・米国の核態勢は地域の安全保障枠組みに死活的な役割を果たす

⇒強固な政治的コミットメントに裏打ちされた、①核抑止力、②ミサイル防衛能力、③対大量破壊兵器(WMD)能力、④通常戦力、⑤統合された指揮・通信能力(C2から構成される総合的な抑止概念を提示

核抑止力単独で抑止力が成立するとの考え方をとらないことを明示(核兵器以外の能力による総合的抑止機能の発揮を重視)(米国)

・「依存する」から「不可欠」に表現変更;核抑止力を中心的要素とする拡大抑止が日本の安全にとって代替不能な重要な役割との認識(日本)

我が国自身の取組みの方向性を明示

⇒①拡大抑止の信頼性の維持・強化のための米国との緊密な連携+②弾道ミサイル防衛や国民保護等の推進;一方的に依存するものでなく日本自身の取組みも一体となって信頼性を確保するものへ

⇔日米間で信頼性を維持・強化する具体策は不明

安保三文書における取組み

・「平和国家として専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国にはならず、非核三原則を堅持するとの基本方針は今後も変わらない」(NSS

・「核を含むあらゆる能力によって裏打ちされた米国による拡大抑止の提供を含む日米同盟の抑止力と対処力を一層強化する」(NSS

・「核の脅威に対しては核抑止力を中心とする米国の拡大抑止が不可欠であり、防衛目標を達成する為の我が国自身の努力と米国の拡大抑止等が相まって、あらゆる事態から我が国を守り抜く。」(NDS

⇒新たな核の時代における課題、日米同盟が抱える拡大抑止上のジレンマは何かという問題認識とそれを解決するためのアプローチが不明

 

3 日本を取り巻く核の脅威に関する現状等

〇ウクライナ戦争の地政学的衝撃

・キューバ危機以来、最も核戦争が緊迫(核が使用される懸念が最高潮へ)

・ロシアによる「エスカレーション抑止」の実践(核の恫喝がなされた事実と対応の困難性)

・国連の機能不全(国連常任理事国(P5)でNPT体制に責任を有するロシアによる核恫喝)

〇日本が直面する核の脅威:中、北、(露)

・日本にとっての最も深刻な実存する脅威:日本の拡大抑止の主対象は中国、但し北朝鮮の核・弾道ミサイル能力の近代化への対応、ロシアの機会主義的・協調主義的な関与への対応も必要

米国戦略コミュニティが取り組んでいる課題の認識が必要(*村野氏資料参照)

「リソース制約下における国防戦略・抑止態勢の在り方」

・2つの核大国(中国・ロシア)+他地域の不安定化(北朝鮮・イラン等)、リスクが同時に顕在化する可能性≒戦略的同時性(多正面危機)への対処

「核の影」の下でのグレーゾーン・通常戦争の抑止

・核エスカレーション・リスク(限定的核使用シナリオ)への対応

・米国防省の「中国軍の軍事力に関する年次報告書(2021年版)」の見積もり

2035年までに1500発保有する可能性≒新START が米ロに課している戦略核弾頭の配備数上限(1550発)

→米ロに匹敵する第三の核大国の出現の可能性:「3大核大国」の下での戦略的安定性の追求(米の核戦略上初のチャレンジ)

→米国の核抑止戦略のみならず同盟国に対する拡大抑止戦略にも重大な課題

米国と戦略核がパリティになりMAD(相互確証破壊)状態が成立すると「安定・不安定のパラドックス」が顕在化+米中間のミサイルギャップの存在(射程5005500Kmの地上発射型中距離ミサイルの戦力バランスが非対称かつ不安定)+通常戦力面でもインド太平洋域では中国優位の傾向拡大

⇒日本の抱えるリスク;

  • 理論上、三か国以上で戦略的安定性を同時に維持することは困難(米国の拡大抑止の信憑性への疑念を惹起)
  • 北朝鮮・イラン等の核の脅威の増大による米国の拡大抑止の信頼性の低下
  • 「安定・不安定のパラドックス」の悪影響が増大するリスク(通常戦やグレーゾーンでのよりアグレッシブな行動)
  • 戦域核戦力レベルでの潜在的な不安定性(米国の核運搬手段が限定+中国の核・非核両用態勢)→核の恫喝(エスカレーション抑止)の可能性+優位な通常戦力による現状変更の誘因

 

4 拡大抑止を強化する為の日本の選択肢(*尾上氏の議論)

(1) 評価基準:

①日本に対する核攻撃の脅威を低減させること

  • 受け入れ可能であること(日米関係、NPTIAEA
  • 実行可能であること(技術、資源、政策、仕組み(ハード+ソフト)
  • 国民の理解と信頼が得られること

 

  •  具体的選択肢(例); 宣言戦略と実行戦略の両立が不可欠
  • 核兵器の保有(懲罰的抑止力の保有):×
  • 核兵器製造能力の維持・強化(潜在的核兵器保有国のイメージ強化):×
  • 核シェアリング:×~△(時間的な余裕+核兵器に対する感情的忌避感)
  • 拡大抑止の信頼性の強化:◎

拡大抑止のハード・ソフト両面の強化(*村野氏資料を参照)

  • 通常戦力の強化(拒否的抑止力(攻勢能力、積極防御能力(IAMD能力)の強化):〇
  • 国民保護、被害極限措置の強化(拒否的抑止力、受動防御の強化):〇
  • 認知領域の能力向上政府としてのインテリジェンス機能の強化・一元化、SC機能の一元化、国民のリテラシー向上(教育、政策議論のオープン化)):◎
  • 軍備管理・軍縮の推進(NPT体制の補強、信頼醸成、新領域における行動規範の確立):△~〇

 

3)日本において克服すべき課題と今後の方向性

〇核問題に関するリテラシーの低さ(議論・積み上げ不足)の克服

(国民、メディア、政治の核問題に関するリテラシーの更なる向上)

・中国の核実験(1964)~沖縄返還問題の具体化(1960年代後半)時の議論

⇒「核抜き」で沖縄返還が出来るか等かの外交上の課題に関して、外交・戦略のコンテクストの中で核抑止論が中心の議論(宣言政策に重点)

議論のズレ(日本における拡大抑止の議論の特性)

核抑止重視派と核軍縮派、宣言戦略と実行戦略、核戦力と通常戦力等々、「右か左か」、「白か黒か」の議論に陥る傾向(リアリズムに基づく冷静な議論の不足)

唯一の被爆国としての感情的な議論の傾向、理論的・戦略的議論の欠如

⇒シンクタンク等による政策提言、有識者会議による議論、拡大抑止協議の内容発信等による開かれた国民レベルでの議論が不可欠

【今後の方向性】

日米の拡大抑止を日本自らが主体的に機能させ得る体制の確立

ハード面(核態勢や能力等)での取り組みとソフト面(運用や計画立案等に関する制度・協議枠組み)の取り組みの具体化

・我が国が主体的に拡大抑止に関与するという意思表示

⇒非核三原則の見直し(「持ち込ませず」の見直し)を宣言?拡大抑止協議の内容の開示?有識者会議等への諮問?

戦域核のギャップを埋める選択肢の検討(米側のオプションも検討対象)

⇒エスカレーション・ラダーの隙間を埋めるための取り組み

・地上発射型通常弾頭中距離ミサイルの保有(日米)

・新たな戦域核オプションの要件:①数が限られる戦略原潜よりも高い柔軟性をもつ、②航空機よりも長時間同じエリアに留まることが出来る、③攻撃に対する生存性が高い、④低出力核弾頭を搭載可能

→海洋発射型核巡航ミサイル(SLCM-N)(再開発の要請?)

⇒潜水艦発射型の中距離核即時打撃システムIntermediate Range- Nuclear Prompt Strike; IR-NPS)又は長距離極超音速兵器(LRHW

核戦力を含めた共同作戦計画を立案・調整するMIL-MILの協議枠組みの構築

・米戦略軍が主管する核戦力の運用にかかわる計画・演習等とインド太平洋軍又は在日米軍等との作戦計画と演習等を連動させる

 ・米戦略軍への自衛官、防衛・外交官僚の派遣

核攻撃がなされた場合に直ちに日米で核による反撃を協議・決心できる政府レベルの枠組み構築

・非脆弱な指揮・通信系統の整備(核・通常戦力の攻撃に耐えられる強靭性を有する政府間指揮・通信系統の確立(空中指揮統制機の整備?)

・閣僚レベル、政府首脳レベルを含めた定期的なTTX、シミュレーション等による訓練の場の構築

・核戦略や拡大抑止の選択肢、政策等を検討・判断できる専門家の育成

 ・米戦略軍への自衛官、防衛・外交官僚の派遣

・民間シンクタンク、防衛省シンクタンク機能等への核抑止戦略等に関する研究委託

 

 (4)その他

米韓ワシントン宣言がもたらす新たな可能性と課題

・米韓の拡大抑止の制度・協議枠組みの強化が実施されることによる北東アジアにおける拡大抑止の信頼性の向上⇒米韓の取り組みを参考、最終的には日米の計画・演習等を連動させる必要

・米戦略原潜の韓国寄港というハード面の取り組みが孕むリスクと不確実性

⇒米韓のハード面での選択肢を実行あらしめるための支援(戦略原潜の防護)

日米共同声明(2024.04.08)の具現化のための政府としての取り組み

・「拡大抑止の強化を継続する重要性を再認識し、次回「2+2」の機会での拡大抑止に関する閣僚間での突っ込んだ議論の実施を指示」

「突っ込んだ議論」の中身は?

・国内議論がなされてない状況下で日米政府関係者間で何処まで「突っ込んだ議論」が出来るのか?⇔結局、日本の問題認識と「覚悟」が問われる


 

別紙第1

 

 「抑止」の基本的概念と変遷等

1 基本的概念

〇「抑止」;相手の意図に働きかけ、コスト(リスク)がベネフィットより大きいことを認識させ、行動を思い止まらせること

・①相手()が明確であること、②彼我の能力が緻密に見積もられていること、③相手の意図を読み取ること等が必要。

・相手に現状を変更させないこと(現状維持)を目的とし、自らの力によって相手の行動を変更させる「強制(Conpellance)」とは異なる。

〇抑止と対処の性質の違い

・抑止は敵の「意図」に働きかけるもの、対処は敵の「能力」に働きかけるもの(弱める)

・信憑性のある能力と信憑性のある意志の双方が、抑止の信憑性を醸成

〇抑止の種類(目標と企図の違い)

・懲罰的抑止(報復に基づく抑止)vs拒否的抑止(損害限定に基づく抑止)

〇核抑止論における「戦略的安定性」

・双方が非脆弱な核報復能力を持つことで抑止が機能

〇「安定・不安定の逆説」

・戦略レベルの戦略的安定性が地域レベルの安保環境を不安定化させる逆説的な状況

〇「拡大抑止」≒「拡大核抑止(Extended Nuclear Deterrence)」+「拡大通常抑止(Extended Conventional Deterrence)」

・拡大核抑止(所謂、「核の傘」):第三国からの同盟国に対する武力攻撃を、核による報復、更に必要があれば核の投げ合いまでエスカレートするという脅しで抑止すること

・拡大通常抑止:通常戦力に基づく抑止で、主として拒否的能力(相手の作戦目的を達成させない態勢)を整えることによって相手からの武力攻撃を抑止すること。りできるだけ相手の戦力を叩くと同時に自分の戦力を防御する能力に基づく抑止。単なる拒否能力だけでなく、ある程度の懲罰能力を備えた方がより抑止が成功しやすい。

・拡大抑止が機能する要件;①抑止する側(米国)が報復する意思と能力を持つこと、②抑止される側(中国、ロシア、北朝鮮)が相手に意思と能力があると認識していること、③抑止の提供を受ける者(日本)が拡大抑止を信頼していること

 

2 抑止概念の変遷

〇米国における通常戦力による抑止概念の変遷

・通常戦力による抑止:冷戦期と冷戦後に違い

・冷戦期;大量報復戦略の硬直性を回避するための柔軟反応戦略(核攻撃に至らない多くの通常戦力によるオプションの準備)⇒一体化

・冷戦後;ソ連の核の脅威の喪失と地域紛争、テロとの戦いという課題→「新たな三本柱(A New Triad);①攻撃的打撃システム(核・非核の両方を含む)、②防御(積極的、受動的)、③新たな脅威へ対抗する能力を構築する防衛産業基盤

懲罰的抑止への一義的志向から拒否的抑止をフォーカスする方向への転換(核戦力から通常戦力、非軍事的手段へと重心を移動)

・軍事力使用のハードルと人的損害の忌避;抑止概念の多層化を促進(軍事的手段より非軍事的手段を採用するインセンティブの高まり

・要因;国民の支持の喪失の政治的リスク高度なスキルを持つ兵士を喪失することは費用対効果上の問題、装備品がハイテク化・高額化しており損耗を簡単に再生産・補給することも困

・通常戦力も使用のハードルは高くなっている(国内的なコンセンサス、国際社会への説明責任の必要(合法性と正当性の審査)

非軍事的な手段(経済、外交)のオプションの使用頻度アップ⇔抑止効果の判断困難(異なる政策分野の整合とその総合的効果の把握)

・エスカレーション・ラダーの変化

冷戦期のエスカレーション・ラダー(カーンの「44段のラダー」)⇒エスカレーション・ドミナンス(各ラダーにおける優位性;相手にエスカレーションのリスクを認識させることで抑止の回復を企図すること)を確保する為、レベルの異なるオプションの案出

冷戦後のエスカレーション・ラダー⇒具体的な議論の不在(困難)、経済・外交などの非軍事的手段も含むフル・スペクトラムな抑止体系へ⇒Endsは同じでもMeansWaysが異なる+政策領域と手段、要領が必ずしも明確な関連性を構築できていない

・柔軟抑止措置(Flexible Deterrence Option FDO))

・米統合ドクトリンに起源(JP1-02

FDOとは事前に計画立案された抑止を起源とするアクションであり、敵に対し正しいシグナルを送り敵の行動に影響を及ぼすために状況に応じて注意深く適合させたもの。FDOは危機発生前に敵の行動を諌止(Dissuadeする、あるいは危機発生後に更なる攻撃のエスカレーションを抑止(Deterするために実施する措置。

〇抑止の定義に関する揺らぎ

・抑止の原義:現状維持

・米ソ冷戦下の抑止理論では相手を軍事的に打倒するのではなく、あくまで現状維持を目的とするという明快な定義が存在

・強要(Compellence)との違い(相手の行動を変化させることを目的)

⇒テーラード抑止に見られる定義の揺らぎ:現状変更も含むエスカレーション管理への配意不十分

・非国家主体によるテロリズムが国家安全保障上の重要な脅威へ

 ⇒「テーラード抑止(Tailored Deterrence)」

非国家主体を対象とするため、重要な意思決定者を特定することが困難、彼らの認識における便益とコストの把握が難しく、かつ抑制効果の判断が不確実

・相手、テロリストネットワークの解体が目的となっており、エスカレーション防止と「抑止の回復」という観点が無く、抽象的理想論との批判あり

〇中国における抑止概念並びに含意

Dean Chengが示すPLAの抑止概念;「軍事力の誇示、もしくは軍事力を使用するという脅しによって敵に服従を強要すること。抑止には二つの役割があり、一つは敵に何かを行わないよう諌止すること、もう一つは敵に何をなすべきか説得すること

⇒「抑止」と「強要」を混同⇔米国の原義とも揺らぎとも異なる見方(中国の認識論)

・抑止は彼我双方の認識に尽きるところが多く、抑止の定義や概念の違いは双方の意図を誤解するリスクが高まる

〇除去できない本質的な課題:「安定と不安定のパラドックス」+「日米同盟が内包する抑止と対処のジレンマ」

・「安定と不安定のパラドックス」

・エスカレーションラダーの高位において抑止が機能し、均衡がとれることにより、事態がエスカレートしないという予測低位のラダーにおける不安定を惹起

現状変更を企図する国家の核戦力が伸長することで、当該国と東アジア各国に拡大核抑止を提供する米国との間で、相互の核抑止が成立する一方、エスカレーションの段階、つまりエスカレーション・ラダーのより低いレベルでの挑発行動等(准軍事組織の領海侵入や単発的かつ被害が限定的な軍事攻撃等が発生しやすくなる(栗田正弘)

核並びに高烈度の通常紛争レベルの安定と引き換えに低烈度の対立と紛争が継続し、それを抑止する有効な方策が見いだせなくなる可能性≒尖閣、台湾海峡の状況?

・「日米同盟が内包する抑止と対処のジレンマ」

抑止では日米の利害が共通抑止失敗後の対処では日米の立場が異なる

→米はグローバルな視点から西側全体の利益を追求、日本有事はローカルな問題

→中国のA2/AD問題:日本にとってはトータルな問題、米国にとってはローカルな問題

・戦略的安定に向けた出発点

・抑止が機能するかどうかは最終的に相手の認識による(抑止の不確実性)

⇔最終的に相手の認識次第であるからと言って判断を相手に委ねてしまうことは自らの責任を放棄することに繋がる。

☆合理的行為者である主権国家とその政府は、様々な問題が存在することを知りつつも、多層化する抑止の各段階において優位性を確保する為に努力を継続するしかない。

 


 

【参考文献等】

  • 秋山信将、高橋杉雄『「核の忘却」の終わり-核兵器復権の時代』、勁草書房、20196

 

  • 山下愛仁 「アメリカによる拡大抑止の信憑性向上の必要性と困難性―日米同盟空洞化の懸念―」(未定稿)

 

 

 

  • 村野将、「リソース制約下における拡⼤抑⽌政策の諸課題—戦略的同時性と核エスカレーション・リスクへの対応—」 (PPT)

 

  • 一安裕行編著、有江浩一、大西健、栗田真広、「核の時代の新たな地平」、インターブックス、20243月、pdf (mod.go.jp)
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