日本国内関係

JFSS第3回政策シミュレーションに参加して(令和5年10月:荒木淳一)

 この文章は、F3プロジェクト・メンバーである荒木淳一が日本戦略研究フォーラム季報の【特集】第3回台湾海峡危機政策シミュレーション報告に寄稿したものを再掲載したものです。

1 はじめに

令和5年7月15日(土)~16日(日)、JFSS主催の第3回台湾海峡危機政策シミュレーションに参加する機会を得た。筆者にとって第1回から3年連続の参加であったが、終了後の充実感・達成感は前の2回に較べて遥かに大きなものであった。台湾海峡有事という対象とする事態こそ共通であるものの、シナリオも年々精緻にかつリアルになっており、参加プレーヤーも実務に関わってきた元事務次官クラスや安全保障に詳しい政治家の方々などが増え、年々充実してきている。模擬する意志決定の場も国家安全保障会議(NSC)9大臣会合を中心に関係国、関係省庁等との協議・調整の場も設けられるなど極めてリアルな場の設定の中で、論点を絞った重要なテーマに関して真摯で活発な議論が時間を忘れるほど熱心に交わされ、極めて有意義であったことを実感したからでもある。

1、2回目はプレーヤー(航空幕僚長役)としての参加が主体であったものの、今回はシナリオ作成から政策シミュレーション全体の建付けまで企画・運営サイドとして参加することとなった。昨年8月に第2回シミュレーションが終了した直後の9月からキックオフ・ミーティングが開始され、ほぼ1回/月の頻度でシナリオ検討会議が重ねられた。本番数か月前からはシミュレーションの運営・実行の為の様々な調整会議も頻繁に行われた。所用で参加できなかった次の会議で、シナリオの進展・深化の度合いに戸惑うほどスピード感をもって精緻なシナリオが作成されるなど、毎回真剣な議論が積み重ねられていた。この様な準備プロセスへの参加を通じて、第3回シミュレーションの狙いと焦点、シナリオの意図、期待するアウトプット等を十分理解して本番に臨めたことも、遥かに多くの気付きや学びを得ることに繋がったと考える。安全保障・防衛に関する国民の理解を深め、各種政策を推進する国内環境を醸成することは制服OBとしての責任でもある。今回の政策シミュレーションに関与することで少しでもそれを果たすことができたことに安堵するとともにこのような機会を与えてくれたJFSSに深く感謝したい。

今般のシミュレーションは世界で初めて日米台のシンクタンク関係者が参加するなど、内外のメディアの関心は極めて高かった。シミュレーション期間中も各メディアで取り上げられ、TV番組内での視聴者アンケートで91%が「台湾有事に日本が巻き込まれると思う」と回答するなど、台湾有事に対する国民の関心を喚起するというミュレーションの狙いの一つが達成されつつあることを実感できた。同時に、ウクライナ戦争が長引くにつれてメディアの報道はどんどん少なくなり、国民の関心が薄れていく実態を見るにつけ、継続的な発信がいかに重要であるかを改めて痛感している。

本稿では、プレーヤーではなく企画・運営側の一員として関与する機会を得た第3回政策シミュレーションの特徴、意義、成果についての私見とオブザーバー(大使館関係者)支援を担当して気付いた点について述べてみたい。そして、最後に今後の日本の安全保障における民間シンクタンクのあり方についての私見を述べてまとめとする。

 

2 第3回の特徴と意義・成果

 今回の政策シミュレーションの特徴は成果速報等でも触れられている次の三点である。第一にはシミュレーションのサブ・タイトル「徹底検証:新戦略3文書と台湾危機」が示すとおり、戦略3文書に書き込まれた日本政府としての取組みの一部が実現していることを想定し、2027年時点での日本の安保体制が台湾有事に機能するか否かを検証しようとした点である。第二に、台湾海峡危機に直接・間接的に大きな影響を受け、深く関与せざるを得ない関係国等(日米台)からの研究者や実務者などの参加を得たことである。第三には、従来の我が国における机上演習やシミュレーションにおいて殆ど実施されてこなかった武力紛争を如何に終結させるかというシナリオを採用したことである。

第一の点に関しては、1回目、2回目のシミュレーションで浮き彫りになった課題、すなわち日本の危機管理体制に関する課題や日米同盟の実効性を高める為の課題、更には日台関係に関する課題の多くは戦略3文書に取り込まれたが、その多くが今から取り組まなければならないものである。課題ばかりが浮き彫りとなった前回までとは異なり、政府として如何に適切に判断し実行していくかが焦点となる等、シミュレーションの焦点が過去2回の政策課題の抽出から日本の安全保障体制の実効性検証にステップアップするなど大きな進展であった。他方で、戦略的コミュニケーションを実施する政府内の体制構築、能動的サイバー防御を実施するための法制の整備、台湾との連絡調整メカニズムの構築、更には特に南西諸島における国民保護計画の策定等、現時点で未だ実現していない取り組みの重要性が改めて浮き彫りになったとも言える。すなわち、それらの取組みが実現出来なければ、シミュレーションの様に日本政府として台湾有事に対処する手段すら持ちえないことを意味するからだ。従来、重要な政策決定や新たな戦略策定など、政治的に重い課題を実現した後は、ややもすると「策定して終わり」に陥る傾向があることから、戦略3文書で示された各種取り組みを実現する政府の取組みを詳細にフォローする必要がある。日本の安全保障を全うする政府の覚悟が問われているのであり、国内事情等を理由に先延ばしされることがあってはならないと考える。

第二の点に関しては、台湾当局の外交等の実務に豊富な経験と知識を持つ有識者の参加を得たことで、プレーヤーの各種判断、調整が極めてリアルなものになると同時に台湾当局が日本に対して何を期待しているかなど、当事者の認識を確認出来たことは大きな成果であった。更に、日米台のシンクタンクが参加した本シミュレーションが国内外のメディアに取り上げられたことによって、日米台が台湾海峡危機への対応に真剣に取り組んでいるという戦略的なメッセージを中国政府に送れたことは大きな意義があったものと考える。他方で、今後、台湾有事に対する国民の関心が低下したり、戦略3文書にかかる各種取り組みが国内政治事情を理由に進まないならば、台湾有事に対する日本の真剣さが侮られることになることを政府は肝に銘ずべきであろう。

第三の点に関しては、戦後初めて保有することとなった反撃能力(主として巡航ミサイル)をどの様に使用することが最も効果的かについて、政治レベルで考える良い機会となった。しかし、保有する反撃能力のあり方(保有する長距離精密誘導兵器の種類、弾頭、規模等)については軍レベルで詳細なシミュレーションとネットアセスメント等の分析に基づき結論を得るべきものであり、中長期的な取り組みが不可欠である。当面は現在、整備することとなっている12式SSMの能力向上型やトマホークなど、巡航ミサイルを有効に発揮できる体制・態勢の整備を優先しつつ、並行して敵のA2AD脅威に対する拒否的抑止の観点から弾道ミサイルの保有の可能性を含めて総合的に検討する必要がある。また、反撃能力に関しては、自己完結的なキルチェーンの構築や日米共同でのターゲティング、反撃能力の行使のあり方など、新たに創設される予定の常設統合司令部(PJHQ)とインド太平洋軍司令部との連携の在り方を含めてスピード感を持って検討を進めなければならない。

その他の成果として、第1回から今回まで共通の課題として事態認定の問題が改めて浮き彫りになった。特に政府による事態認定が自衛隊の行動の根拠や政府の権限や危機管理体制の立ち上げなどのトリガーとなっており、認定することによって生じるプラスとマイナスの影響を踏まえた判断が必要になる。事態認定したことによって抑止体制を強化するための自衛隊の展開が可能になる反面、相手から事態をエスカレーションさせたと捉えられたり、民間輸送業者の支援が得にくくなったりする等の背反的な性質を持つことから、法律の枠組みの変更を含めて政治の場での議論が求められる。また、事態認定のための政府としてのプロセス(対処基本方針の作成、国家安全保障会議への諮問、対処基本計画の決定、国会承認、事態対策本部の運営等)に関して、一部の机上検討に止まっていることは大きな問題であり、NSSや関係省庁における個別の検討・検証から始めて最終的には関係者が揃っての総合的な訓練・検証が実施できる枠組みを構築しなければならない。「練習で出来ないことは本番でも出来ない」とよく言われるが、そのレベル以前の現状であることに危機感を覚えなければならない。

また、台湾危機時に想定される邦人輸送、国民保護等にかかる課題も改めて浮き彫りになった。今回のシナリオでは海保の巡視船を含む政府の保有する全海洋力資産を平時から有事に掛けて変化する情勢に応じて如何に最適に資源配分するかという対応が検討された。しかし、そもそも政府保有の海洋力資産のみならず航空力資産にも限りがある。従って、邦人輸送や国民保護等に関わる輸送力の確保に関しては、民間輸送業者(海上輸送、航空輸送)と情勢が悪化する段階に応じて如何なる調整が可能か、どの程度の期間でどの程度の輸送が可能かについて見積もった上で、必要な輸送量を確保するための方策について早急に検討する必要がある。例えば、米国の民間予備航空隊(Civil Reserve Air Fleet; CRAF)を参考に情勢緊迫時に政府が民間航空会社の航空機の機体を一定数チャーターし、予備自衛官として登録された元自衛隊パイロットが運航を担任することを可能とする契約のあり方等について検討する価値は十分にある。

更に、今回のシナリオでは余り検討・議論されなかったが、米軍の事前配備部隊(インサイド・フォース)の展開を担保するために必要な九州、南西諸島を中心とする民間空港や港湾の使用、更には燃料・弾薬等の事前配備等を具体的にどのように実現するかについて法制上の課題や具体的な資器材の整備、更には地域社会の理解を得るための取組みなどについて検討を加速化する必要がある。特にA2AD脅威下における台湾有事に対応するために米空軍は迅速な戦闘機動展開(Agile Combat Employment; ACE)という構想によって地上における脆弱性を局限するとともに航空戦力を最大発揮するドクトリンの具体化を急いでいる。ACE実現の鍵の一つが自衛隊の飛行場等の使用のみならず民間空港の使用、弾薬等の事前配備等である。これらの措置はわが国の航空戦力運用にとっても不可欠な措置であるだけでなく、米軍の航空戦力の展開と活用のための前提条件でもあることから、事態の推移に応じて民間空港、港湾等の特定公共施設をより早い段階で使用できるよう、法制度の改正を含めて検討すべき課題である。

 

3 オブザーバー(大使館関係者)担当としての気付き

 シミュレーション期間中においては、オブザーバー(大使館関係者)支援の担当であったことから、米国、英国、フィンランド、台北中日經濟文化代表處からの18名のオブザーバーに対して補助者1名と共に対応した。英語版のプレーブックと各シナリオの狙い、期待するアウトプットを要約したシナリオ概要(英語版)を手交し、別室で説明した後、シミュレーションのシナリオ結節時に質疑応答を受けたり、補足説明を加えるなど彼らの理解が深まるよう支援した。その質疑応答のやり取りの中で気付いた点は以下の通りである。

 第一に、当然ではあるが、在日大使館勤務の外交官、武官等であっても必ずしも日本の有事法制に関する理解が十分であるわけではないということである。日本の武力攻撃事態法を含む安全保障法制は、その都度、新たな法制を継ぎ足してきた「増築を重ねた古い旅館」のような構造になっており、実務に携わった経験がある日本人にとっても理解が難しく複雑な法体系となっている。シナリオにおいて何が論点となっているのかより、何故そのような法体系になっているのかに関する質問が多かったのも頷ける。彼らの視点からすると安全保障・国家防衛を全うする為の合理性より、憲法を頂点とする国内法体系との整合が優先されるように見えることに違和感や不思議さを感じているようであった。従って、日本政府の危機対応時に如何なる課題があるのかについて、武力攻撃事態法を含む安全保障法制に関する理解を得られるよう不断に在京の大使館関係者に対して説明する機会が必要であり、本政策シミュレーションのみならず民間シンクタンクにおける各種の政策シミュレーションが日本の法制に関する理解を促進する重要な役割を果たすものと考える。

 第二に、本シミュレーションにおいて事態認定が焦点となる中で、日本における国家としての意志決定や政府内の手続きが如何なるプロセスを踏むのかについても理解は十分でないよう感じられた。事態認定に当たって、対処基本方針の策定、国家安全保障会議への諮問、対処基本方針の閣議決定、国会承認、事態対策本部の運営等、一連のプロセスについて説明を行って理解を得ることが出来た。しかし、彼らに説明しながら、現実にそのような事態認定を行う状況が生起する前に、関係省庁の実務者間で机上演習やシミュレーション、細部の検討などを実施しておかなければ「画にかいた餅」になりかねないと感じた。

 第三に海自と海保の平時から有事に掛けての連携が議論された際、国交大臣役の有村議員から紹介された「国民保護標章」について殆どの大使館関係者が認識していなかった。あの旗は何を意味するのか、何故、その旗が論点となっているのかについて質問され、説明を試みたものの十分な理解は得られなかった。また、近年の弾道ミサイルや巡航ミサイルの脅威が顕在化している状況下において、ミサイルは標章を認識できないという指摘も受けた。未だ武力衝突に至っていないグレーゾーンにおいて目視範囲内に近接して活動する場合は確かに識別できるが、目視範囲外からの攻撃が想定される状況では標章は意味を成さないとの指摘だと理解した。自衛隊の海空輸送力に限りがあり、非軍事組織である海上保安庁の巡視船を国民保護の輸送に使う意義については説明し理解された。しかし、シナリオ③において政府が既に「武力攻撃事態」を認定し、九州と南西諸島の米軍・自衛隊基地に弾道ミサイル攻撃が開始された以降、与那国島に取り残された住民を輸送するため、国民保護標章を付けた海保巡視船が住民の島外避難のため輸送任務を行うことについては殆ど理解されなかった。海保巡視船などの政府保有の輸送アセットを最大活用することは重要ではあるが、状況に応じて使用の適否を判断すべきではないだろうか。「事に臨んでは身の危険を顧みず」という宣誓を行っている公安職国家公務員は自衛隊員のみである。武力紛争の最前線に法執行機関たる海上保安庁の職員と巡視船を送りこみ、文民輸送の任務を担わせることの実行可能性、リスク等について更なる検討が必要かと思われる。少なくとも国際社会からの理解を得られない日本の「独り善がり」になってはならない。

 第四に、シミュレーションにおける議論の主たる場であったNSC9大臣会合において、リーガル・アドバイザーがいないことに対する疑問が呈された。日本の場合、多くの官僚、実務者が法学部出身であり法の専門家でもあることを伝えたが、状況が変化する中で、安全保障・軍事の観点から法的助言が出来る国際法等の専門家が必要ではないかとの意見であった。武力攻撃事態など国民の生命財産が武力によって直接脅かされ、政府の判断次第で情勢が大きく変化する切迫した状況下で、瞬時に判断と意志決定を行わなければならないNSCにおいて、事態に応じてリーガルアドバイザーを配置することも検討すべきであろう。

 第五に、反撃能力の行使に関して日米共同での使用を追求する姿勢と総理レベルでの判断が必要との慎重な対応については理解された。英国においてもトマホークの使用は戦略的な判断が必要な事項であり、首相の判断に委ねられるとのことであった。反撃能力の整備と並行して米国の目標情報の共有やターゲティング要領などに関するノウハウの修得を進め、攻撃目標や優先順位などについてインド太平洋軍と統幕又は新設される常設統合司令部(PJHQ)間で事前に十分擦り合わせた計画を策定しておくことが極めて重要である。

 最後に、今後、本政策シミュレーションを更に発展させるためには、在京の大使館関係者のみならず海外の研究者、シンクタンク関係者等の参加、又はオブザーバー参加を求めることも一案である。その為には、日本語が堪能でない参加者、オブザーバー等に対しては、PPT資料、ハンドブック等を含めて全て英語版で提供できる準備をするとともに、必要に応じて同時通訳の配置、動画配信などについても検討すべきである。

 

4 おわりに

 第3回政策シミュレーションは多大な成果をあげたものと高く評価できるが、シナリオ作成、全体の建付け、参加者(特に政治家等)に対する事前説明など、本政策シミュレーションの企画・運営を主導したコア・メンバー(岩田氏、武居氏、尾上氏)並びに長野禮子事務局長を筆頭とするJFSSスタッフの全面的支援無しにはこの成果を得られなかったと改めて感謝したい。特に、コア・メンバーを含め企画・運営に携わった多くの実務家OB、制服OBの安全保障・防衛に関する経験・知見のレベルは、日本国内においては考え得る最高のレベルに近い。翻ってこのコア・メンバーに匹敵する専門家を有するシンクタンクでなければ同様の質の高い政策に直結するシミュレーションは不可能であるとも言えるが、志の高い実務家OBのリクルートだけではなく、そのような専門家を育成しておくことも極めて重要である。成果速報で長島議員が指摘するように、「政治家を鍛える、政府としての判断・決心の練習、訓練が出来る仕組みを作る」ことは極めて重要である。また、今回、議論が深化した経済安全保障に関わる検討を進めるに当たり、有事における経済・財政・金融のあり方等を検証するとともに経済界が参加できる政策シミュレーションが必要であるとの指摘もなされている。様々なシミュレーションの場を提供し、政策の議論に繋げるためには国内におけるシンクタンク機能の強化とともに専門家の育成、活用が重要である。防衛省・自衛隊の現役が秘密を含む詳細な情報に基づき実施すべき検証演習、机上演習等に関しても、現役だけの知見、識能で全てを自己完結させるには限界がある。従って、退官した自衛官の適格性の延長を可能とするよう現行規則類を見直すことにより、現役が実施する秘の内容を含む検証演習のみならず人材育成のための訓練演習などを企画・実行できるOBの人材を確保し、活用することが、最終的には防衛省・自衛隊の抑止・対処能力の実効性向上に繋がるものと考える。JFSSには今後とも日本におけるシンクタンク機能を底上げ・強化する流れの先頭に立ち主導して行って貰いたい。

我が国の総合ミサイル防空が目指すべき方向性について(令和2年8月28日:福江広明)

1 はじめに

  1990年代以降、グローバルな安全保障環境の中で経空脅威は、質・量共に増加の一途を辿ってきた。近年においては第5世代戦闘機に代表されるように有人航空機の性能向上が著しく、無人機の多用途化による脅威も増大している。これにも増して多くの国が安全保障上の対処に苦慮しているのが、ミサイル脅威である。
 
  我が国は、湾岸戦争におけるスカッド・ミサイルに関連する教訓及び北朝鮮の弾道ミサイル脅威の顕在化をきっかけに、本格的な弾道ミサイル防衛(Ballistic Missile Defense:BMD)に着手し、多層防御の態勢構築を推し進めてきた。
 
  現在では、各種の弾道ミサイルのみならず、様々なプラットフォームから発射される長射程化、超高速化、精密誘導化、ステルス化したミサイルによる飽和攻撃に、有効に対処するための能力及び体制の整備が焦眉の急である。 
  
  このミサイル脅威への対処体制を構築するにあたって、気掛かりな点がある。「平成31年度以降に係る防衛計画の大綱について」(以下、「大綱」)の「日米同盟の抑止及び対処力の強化」の項において、我が国の平和と安全を確保するためのあらゆる措置を講ずる上で、米国との間で各種の運用協力及び政策調整を一層深化させるとする対象項目の「宇宙領域やサイバー領域等における協力」、「共同訓練・演習」、「共同のISR活動」、「共同計画の策定・更新」等と並列の関係で、「総合ミサイル防空」が記述されていることである。
  
  陸海空自衛隊が保有する防空用装備品のネットワーク化が未完の状態のまま、日米間のネットワーク議案が日米協議の俎上に載れば、相互運用性の観点からネットワーク技術において先行している米国が製造する関連装置を、総合ミサイル防空にかかる国内装備品の全てに搭載せざるを得ない状況が生起しかねないからである。
  
  このため、本稿では、将来的に一層増大する経空脅威に対して我が国の有効な対処能力となるため、総合ミサイル防空が目指すべき方向性について、我が国独自の対処力を確立することと、実効性ある日米共同作戦を遂行することの両観点から、ネットワーク化をキーワードとして考察し提言することを目的とした。
  
  まず、我が国の総合ミサイル防空と米国の統合防空ミサイル防衛(以下、「IAMD」)の違いを説明するとともに、両構想の現状及び抱える課題を明らかにする。
  次に、中国のA2AD戦略におけるミサイル脅威の現況を述べた上で、我が国防衛産業の維持及び国内防衛技術力の進展を踏まえた、我が国国内のあらゆる防空用装備品のネットワーク化を最優先することを提言する。
  最後に、我が国が総合ミサイル防空からIAMDへの進化を今後追求していくにあたっての重視すべき事項を検討する。

 

2 米国IAMDの現状と課題等

(1)IAMDの概念及び現状認識

   我が国が総合ミサイル防空のモデルとしている米国のIAMDは、既に米軍統合文書において定義され、諸事業が着実に進捗している。防衛研究所紀要(2017年12月「米国におけるIAMDに関する取組み」)によれば、「IAMDは対航空の諸作戦をグローバルミサイル防衛、米本土防衛、グローバル攻撃及びロケット弾・野戦砲弾・迫撃砲弾への対応策と同調させるアプローチである。ここで対航空とは、戦域レベルの基本的枠組みであり、敵の航空機やミサイルを離陸・発射の前後において無力化または破壊する攻防両面の作戦を統合した概念である」と説明している。 
   
   また、同紀要では、米国は自国及び同盟国等に対する航空・ミサイル脅威を抑止及び対処するために、攻撃作戦、積極防衛、消極防衛を一体化させたIAMD構想を推進し、同構想が将来の経空脅威に対する解決策となり得ると付言している。
   
   米国IAMDについての現状認識を理解する上で、米国シンクタンク(CSBA(Center for Strategic Budgetary and Assessments):戦略予算評価センター)が今年1月に出した報告書「米空軍の将来の戦闘空軍力に関する5つの優先事項」が参考となる。同報告書は、大国間の競争相手である中露とのハイエンドな戦いを抑止し、勝利するために米空軍が優先すべき5つの事項を提言している。その第3章「前線で戦闘空軍力を発揮」に、米空軍が今後ともIAMDを重要視する姿勢がうかがえる記述がある。
   
   当該章では、大国からの攻撃を受けている間も前線で戦闘力を発揮できる能力を向上させる方法を示している。その中で、IAMD能力なしには前線基地から戦闘能力を発揮することは困難として、強靭な前方展開態勢を構築するために優先度の高い能力の一つにIAMDを挙げている。
   具体的には、弾道ミサイルや極超音速ミサイルを要撃できるUAS(Unmanned Aircraft System)の開発、巡航ミサイル及び無人機による攻撃に対処するレーザー兵器の開発等といった物理的、非物理的な手段によるIAMD能力の向上を図るべきと提言している。

(2)米国IADMが抱える課題

  ア C2システムの統合化

    統合戦力の発揮においては、従前からも難題であったC2システムがIAMDでも大きな課題となっている。現状では、我が保有する全ての対空システムの能力を把握し、変化する敵情に対して我に優勢をもたらす戦力発揮の判断を下すことができる統合C2システムは存在していないと認識している。  
    
    こうした課題認識を持ちつつも、C2システムの統合化に寄せる期待は米国内でも高い。その示唆を与える文書の一つに米空軍態勢報告書がある。同報告書は、毎年、次年度の予算要求を実施するにあたり、米国議会軍事委員会等における公聴会で、空軍長官及び空軍参謀長の2名が米空軍の予算要求にかかる考え方を説明するために使用するものである。
    
    その最新の報告書によれば、将来のハイエンドな戦いにおいて勝利するための新たな作戦構想として統合全領域作戦(Joint All Domain Operation:JADO)が提示されており、米空軍はこの作戦を遂行するためのJADC2(Joint All Domain Command and Control:JADC2)システムを重視しているとの記述がある。つまり、戦いのあらゆる領域において網羅的に指揮統制できるシステムの構築を強く望んでいるわけである。
    
    今後、C2の統合化に関しては、技術的な課題よりも、指揮権行使及び権限委任の問題を軍種間で調整することの方が困難を極めると予想するが、戦域において効果的な統合作戦を遂行するためにC2システム開発は加速化するはずである。

  イ 防勢対航空(DCA)と攻勢対航空(OCA)の一体化

    米軍統合文書「対航空・ミサイル脅威」Counter Air and Missile Threats)において、IAMDはDCAとOCAを一体化して行うと定義されている。この点について先述した防衛研究所紀要によれば、IAMDの目的は敵の航空・ミサイル戦力の使用を抑止することにあり、DCAとOCAの一体化が拒否的抑止に大きく寄与すると分析している。
    
    加えて、IAMDの枠組みにおいて具体的に両者をいかに一体化させるか、それらの一体化により抑止をいかに達成するかについての米国内の議論は十分になされていないとも指摘している。   
    一方で、IAMDの定義には、対航空の諸作戦をグローバルミサイル防衛、米本土防衛、グローバル攻撃等と密接に連携して行うこととされていることから、IAMDの運用にあたっては、拡大抑止(核及び通常兵器による)の観点でも大いに議論の余地があることになる。
    
    したがって、今後、米国では拒否的抑止の観点から、DCA及びOCAの一体化のための具体的要領、作戦サイクルにおける実施要領等について明らかにされるとともに、拡大抑止の観点では、米国内のみならず同盟国等も巻き込んだ議論がなされていく可能性があると考える。

  ウ 新領域関連システムとの連動化

    現代では、いわゆる新領域における技術革新が目覚ましく、これに伴って、特に中露のネットワークにかかる攻防能力が高まり、NCW(Network Centric Warfare)を提唱した米国をその能力において凌駕し、戦力発揮の優位性が失われつつある。このことは、宇宙作戦、サイバー戦、電子戦と効果的に連動して戦果を獲得するIAMDにとって極めて深刻な事態である。   
    
    この数年にわたり、米国は宇宙、サイバー、電磁波の各領域における優位性を回復するために、予算及び人員の優先的に投じているが、それぞれの領域における優勢を確保することが当面の目標となっており、IAMDの有効発揮に各領域のシステムをいかに組み入れていくかは、これからの課題であろう。
    
    ちなみに、宇宙領域においては、昨年末に米宇宙軍を独立した軍種として設立し、新たな組織編制に基づく体制構築に取り組みながら、関連のドクトリン、各種規範、規則等について作成・検討の段階にあると思われる。
    
    また、サイバー領域における優勢の確保については、空軍態勢報告書によると、サイバー任務部隊はすでに作戦可能態勢となっており、統合サイバーCC(Joint Cyber Command & Control)システムが戦闘指揮官にサイバー領域の状況認識を提供し、サイバー戦力の戦闘管理を可能にするとしている。
    電磁波領域にあっては、電磁スペクトラム管理の成否が勝敗の鍵となるとされており、ネットワークの攻防において極めて重要と考えられている。
    
    いずれにしても、米国が今後ともIAMDを常続的に、かつ効果的に実施することでハイエンドな戦いに勝利するためには、宇宙、サイバー、電磁波の各領域における各種システムとの密接な連動により圧倒的な優位を確保することが不可欠である。

(3)米国IAMDの将来動向

   米国各軍種は、それぞれの構想に従ってIAMDを早期にシステム化しようとしている。今後は、データ通信及びネットワークの関連技術が進展するに伴い、各軍種のIAMDは段階的に進化するとともに、軍種間のリアルタイム連接も実現するであろう。   
   
    その一つの可能性として、IAMDの取組みの中核にあって重要な役割を担う米統合参謀本部・統合IAMD局(Joint IAMD Organization:JIAMDO)の統制下で、陸軍が地上配備型の各種装備品をネットワーク化して防空及びミサイル防衛の効率性を高めるために開発している「IAMD戦闘指揮システム(IAMD Battle Command System:IBCS)」に、海空配備の関連装備品を連接することで、全ての軍種を対象にした統合ネットワーク化に向かうことが考えられる。
   
    ただし、防衛研究所紀要は、米国IADM構想には未知数的な部分が多いことから、同構想の全体像を把握することは困難であり、実現は試行錯誤の連続であろうと指摘している。このことから、米国IAMD構想及びその事業化の後追いによって我が国の総合ミサイル防空を拡充する場合、大きなリスクが伴うことになると言える。

 

3 我が国の総合ミサイル防空の概念と課題等

(1)総合ミサイル防空の概念

   大綱において「総合ミサイル防空」という用語が初めて登場し、令和元年度以降の防衛白書(以下、「白書」)では、その概要とイメージ図が掲載された。具体的には、「経空脅威に対し、最適な手段による効果的・効率的な対処を行い、被害を極限するためには、ミサイル防衛にかかる各種装備品に加え、従来、各自衛隊で個別に運用してきた防空のための各種装備品も併せ、一体的に運用する体制を確立し、平素から常時持続的に我が国全土を防護するとともに、多数の複合的な経空脅威についても同時対処できる総合ミサイル防空能力を強化していく必要がある」と記述されている。  
   
   この文章を先述した米国IAMDの概念に照らし合わせると、総合ミサイル防空については、弾道ミサイルを含む経空脅威に対する積極防衛のみがその範疇にあると考えられる。したがって、総合ミサイル防空は攻撃作戦を実施しない点がIAMDと大きく異なる点であり、経空脅威に対処する各種装備品を一体的に運用する体制を確立すること、多数の複合的な脅威にも同時対処できる能力の強化という点においては、米国のIAMD構想と一致していると言えるだろう。


(2)総合ミサイル防空構想に至る経緯及び現状

   湾岸戦争後、ネットワーク化による作戦遂行上の優位性を獲得するとしたNCWの概念を米海軍が提唱して、既に20年以上が経過している。

   この間、国際的にネットワークが情報を共有する上で極めて有効な手段として定着して、各種作戦を迅速に行うことが可能となった。このため、ネットワークは戦局に大きな影響を及ぼす戦力発揮要素として注目され続けている。 
   
   ネットワーク自体が重要視される中、米国はIAMDを概念から実用化に向けて急速に整備してきている。
   一方、我が国は北朝鮮の弾道ミサイル脅威への対処の観点から、BMD態勢の充実のためにネットワークをはじめ各種施策の強化を図ってきたものの、2016年の「将来の統合防空の在り方に関する調査研究」が、従来の防空作戦との一体化に関連する初めての事業であった。翌年には、これまでBMD特別訓練として実施していた訓練を日米共同統合防空・ミサイル防衛訓練として実施する等を経て、前項で述べた総合ミサイル防空の概念を明らかにしている。
   
   しかし、いまだにこの総合ミサイル防空を具現化する明確な方向性が示されていないとの疑問が持たれている。


(3)総合ミサイル防空が抱える課題

   経空脅威が安全保障に及ぼす影響に各国が注目する中、2006年3自衛隊の一体的運用を目的とした統合幕僚監部が設立されたことも関連して、将来防空の在り方について関心が高まり、防空用装備品に関する統合化の動きが生じた。その後、内局及び統幕が中心となり将来防空に関する検討・研究が実施されたと聞き及んでいる。  
   しかし、当時はBMDにかかる体制整備の着実な進展、及び各自衛隊による予算・人員の絶対的確保等が優先されたためか、従来の防空とBMDを同時に、かつ効率的に実施するための検討会等は断続的な開催であったようである。
  
   したがって、将来における経空脅威に対して、3自衛隊による統合防空のための体制をいかに構築し、その能力を向上していくべきかについて、現在でも明らかになっていないとの危惧を抱かざるを得ない。
   その一方で、各自衛隊は、ネットワークを巡る攻防が重視される現代にあって米軍の作戦遂行能力に後れを取らぬように、「センサー・トゥ・シューター(リアルタイムで入手した情報を精密誘導兵器との間で共有し、攻撃/反撃するシステム)」構想の下、ネットワーク化に積極的に取り組んでいる。
   
   しかし、いずれの自衛隊にあっても、センサー・トゥ・シューターに関連するあらゆる装備品をネットワーク化する段階には至っていない。ましてや3自衛隊を跨いだ、いわゆる統合ネットワーク化については、早い時期からその必要性は十分に認識されているが、調査研究あるいは検討の域にあると思われる。
   
   むしろ、日米共同のためのネットワーク化の方が進捗している。例えば、海自においては、「まや」型イージス艦が「海軍統合火力統制-対航空(Naval Integrated Fire Control-Counter Air:NIFC-CA)」を保有したことで、空自が導入するE-2Dと連携して共同交戦能力(Cooperative Engagement Capability:CEC)を発揮することが可能となっている。空自も、F-35がMADL(Multifunction Advanced Data Link)を搭載することで同一機種間の連携が可能となる。このようにLINK16も含めてネットワークを形成するためのシステムは、米国製が席巻している感が否めない。
   
   したがって、3自衛隊がそれぞれのネットワークによりキル・チェーンを構築して、協同という形態で総合戦力化する戦い方を一刻も早く改め、国内装備の統合ネットワーク化及びそれに伴う組織・装備の最適化を目指すべきである。
   このためには、統合上の課題の一つであり、白書においても触れられている防衛省自衛隊の「縦割り」による事業管理を無くしていくことが強く求められる。
   
   その上で、例えば、空自が保有するペトリオットシステムと陸自・中SAM、陸自JTPSP25レーダーとペトリオットミサイルの組み合わせでEOR(Engage on Remote)を試行する等、異なる自衛隊が保有する機種のネットワーク連接による統合戦力発揮評価への取組みも進んでいくものと考える。

 

4 中国A2AD(ミサイル脅威)への対抗手段としての総合ミサイル防空の強化

(1)我が国に対する中国のミサイル脅威

   中国のミサイル戦力の近代化は著しい。特に、短距離弾道ミサイルについてはDF-11、15、16及びDH-10を多数台湾正面に配備しており、我が国固有の領土である尖閣諸島を含む南西諸島の一部もその射程に入っているとみられる。また、中距離弾道ミサイルにあっては、命中精度の高いDF-21が我が国本土も射程に収めている。
   さらには、昨年10月中国が軍事パレードで初公開した極超音速滑空ミサイル・DF-17は、既に実戦配備されていると言われている。
  
   南西地域における島嶼防衛のシナリオにおいて、最も対応困難な侵攻様相について、元航空教育集団司令官の荒木淳一氏は、BMとCM(巡航ミサイル)による飽和攻撃であり、中国が「まず麻痺させ、次いで殲滅する」という軍事ドクトリンを有していると言われていることを挙げている。また、数多くの課題を抱える対BM/CM対処ではあるが、我が国の島嶼防衛に必要不可欠機能であると同時に、中国のA2ADを否定することに寄与できることから、実効的な総合ミサイル防空体制の構築は優先課題のひとつだと主張している。
   
   さらに、同氏は中国が保有する圧倒的なミサイル脅威を平素から抑止し、台湾有事及び尖閣諸島での事態が生起した場合における対処のためには、我が国にとって米国IAMDとの連携が不可欠であるとも指摘している。
   
   米国も、世界のいかなる戦闘地域において効果的なIAMDを実行するにあたり、同盟国等が米国IAMDとの一体運用を可能とする応分の戦力を提供することに強い関心を持っていることから、我が国南西域での共同IAMDの実行可能性は高いと言える。

(2)我が国独自対処能力としての総合ミサイル防空の強化

  ア 我が国内の関連装備品のネットワーク化は急務

    我が国の総合ミサイル防空は、白書に掲載されたイメージ図を具現化すべく様々な施策が講じられ能力強化が進められることになる。その中核となるのが、航空自衛隊が長年にわたり防衛予算を優先的に投じて機能の拡充に努めてきた自動警戒管制システム(Japan Aerospace Defense Ground Environment:JADGE)である。

    
    従来の防空作戦については、JADGEの前身であるBADGE(Base Air Defense Ground Environment)が運用されていた時代からのノウハウとデータの蓄積があることから、BMD任務等を併行して実施していくのに大きな課題はないであろう。このJADGEにあらゆる陸海空のセンサー及びシューターを連接して、防空の範囲を広げ、迎撃率を高めていくことが期待されている。このために、総合ミサイル防空にとって国内の防空関連装備品のネットワーク化が重要となるわけである。
    
    今年5月、中国は自国の海軍力を増強し、日本に対して戦闘能力で圧倒的優位に立ったとする報告書が、米国のCSBAから公表された。特に注目すべきは、保有するミサイル戦力をもって我が国の防衛態勢を打ち負かす実力を身に付けつつあることと、尖閣諸島の侵攻において米軍に介入させない具体的なシナリオを作成していることである。 
    
    我が国は独立国家として、これまで着実な防衛力整備を行ってきているが、この報告書に記された内容が事実であるとの想定に立って、あらためて独自の抑止・対処を重視した防衛力強化を図らなければならない。
    一方で、前項で述べたように、日米共同によるIAMD体制の構築を予期して、米軍が使用するネットワーク・システムを我が国も相互運用性の観点から共通装備化すべきとの考えがあるようだ。
    
    しかし、自衛隊による単独対処の事態想定及び将来における日米同盟の不確実性等を考慮すると、米軍が保有する各種装備品とのネットワーク事業を現時点から優先することにはリスクが伴うものと考える。まずは3自衛隊が保有するあらゆる関連装備品を国産の端末装置/システムによって、ネットワーク化することを先んじるべきと強調したい。
    
    日米共同のためのネットワーク化は、必ずしも日米両装備品が同一のネットワーク端末装置/システムを搭載(使用)することによってのみ可能となるわけでない。他の技術的連接の可能性を示す例として、2015年に米国高等研究計画局(DARPA)は、全ての我の航空機(無人機を含む)がネットワーク化された中で、敵の妨害活動を回避しながら、瞬時に様々なセンサー情報を共有することを目標とするDyNAMO(Dynamic Network Adaptation for Mission Optimization)プログラムを明らかにしている。
    その後も、多様なプラットフォーム間のネットワーク化を可能する技術の開発、試験に取り組んでおり、同プログラムに関して海軍及び海兵隊の部隊が相互運用性を確認するための実験を今年中に行うとの発表もある。  
    
    このプログラムが実現すれば、装備品及びシステムの形態にかかわらず、柔軟にネットワークを形成することが可能となる。つまり、我が国の総合ミサイル防空と米国IAMDのネットワーク化においては、連接のための端末装置を共通化して互いの装備品に搭載することが必須ではないことになる。この点においては、DyNAMOプログラムに相当するゲートウェイを我が国も開発して実用化できるようになることを期待したい。

  イ 総合ミサイル防空の強化における優先事業

    我が国が総合ミサイル防空の能力強化を今後とも図っていく上で、これまで述べてきた国内の全防空装備品のネットワーク化と共に、優先的に整備する事業項目として次の3点を挙げたい。  
    
    まずは、ネットワークにかかる攻防力の強化である。ネットワーク自体は単に形成しただけでは脆弱な存在であり、その一時的な中断や運用不能状態にみまわれると、作戦指揮が途絶し任務遂行に大きな支障を来すおそれが生じることになる。
    このため、ネットワーク防護の観点からは、衛星・サイバー攻撃及びEMP(電磁パルス)攻撃に対する抗たん性を高めるとともに電磁スペクトラム領域における十分な態勢整備が重要となる。と同時に、ネットワーク攻撃の観点では、我の作戦を優位に遂行するために、敵ネットワークの破壊・運用中断を目的とした・サイバー及びEMP等による攻撃力も保有しておかなければならない。ネットワークの攻防力の増強は、新領域とされる宇宙・サイバー・電磁波に関連する装備及びシステムの拡充を図る中で確実に実施すべき重要な事業である。
    
    次に、OCA手段の確保である。先述したとおり米国IAMDではDCAとOCAの一体運用が拒否的抑止力を高めるとされている。このIAMDと同様に我が国も総合ミサイル防空においては、物理的な戦術的攻撃力を確実に整備してOCA能力を確保しておくことが極めて重要である。
    
    先月、政府が地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」の配備計画を断念したことに伴い、敵基地攻撃能力の保有に向けた議論が再び活発になってきた。本格的なミサイル飽和攻撃事態における攻撃力に関しては依然として米軍に依存せざるを得ないだろうが、我が国が攻勢対航空の一つの手段として敵基地攻撃能力を保有し、作戦遂行上その能力発揮が可能となれば、米軍の介入や来援がない場合の抑止・対処力が格段に高まることになる。
    
    3つ目は先進技術の研究開発・導入の推進である。EMPや高出力レーザー等の先進技術に基づく装備の実用化を促進することを強く求めたい。敵のISR機能を制限・喪失されるEMP、ミサイル対処を目的とする高出力レーザーを搭載した装備の出現は、ゲームチェンジャーとしての威力発揮を期待できる。また、これらの先進技術装備品はUASとの組み合わせによって総合ミサイル防空を展開する戦域を拡大することも可能となる。

 

5 実効性ある日米共同IAMDへの進化

  米国は、ミサイルが主力となる近代戦に備えて、より効率的なIAMD態勢を構築するにあたって、自国の取組みのみならず同盟国等に対してIAMD能力(又は相当の能力)の強化・拡充をこれからも強く求めてくるだろう。  
  以前、米空軍司令官から我が国の南西域において、日米が中国と対峙した場合の戦力比に関して一般情報に基づくブリーフィングを受けたことがある。詳細な戦力構成に関しては言及されなかったが、航空機及び艦船の規模において日米豪の共同戦力でようやく対等になるとのことであった。
  
  このことから推察できるのは、米国がIAMDの相互運用性について一層の理解と協力を求めてくることである。また、将来的にはオーストラリア等、米国との同盟関係等にある国との間でも、共同体制下のIAMDに関する相互運用性の向上に取り組んでいくことになるであろう。
  こうした動きの中で、同盟国等の間における最大の課題と予測されるのが、IAMDを共同して運用するにあたってのC2システムである。
  
  C2の統合化については、3自衛隊の統合においても喫緊の課題だと述べたが、国際社会において同盟国等の軍事機密を知り得ることにもなりかねないため、極めて慎重な姿勢をとらざるを得ないのが実状である。
  この点に関して、防衛研究所紀要では、次のように述べている。「IAMDに関する国際交渉の大きな争点となるのは、C2システムの統合であろう。これは、同一の目標に対する重複射撃や友軍相撃を避けつつ効率的・効果的な共同作戦を遂行するために必須である。
  そのためには米国と同盟国・友好国のC2システムを共通のネットワークで統合した上で、共通作戦状況図及び共通戦術状況図の作成に必要なデータ共有が各国間で行われなければならない。しかし、C2システムのネットワーク統合は各国のC2システム間の相互運用性が確保されていることが前提であり、またデータ共有についても国外への情報開示に関する各国の政策を調整する必要がある。」  
  
  こうした見解から、日米双方は一層緊密な協議を図ることが必要となり、日米は防衛協力の指針(ガイドライン)の下で自衛隊と米軍を一体運用するための同盟調整メカニズム(ACM)を活用して解決に向かうことになると思われる。
  
  次に、要員の教育訓練である。共同体制下のIAMDの実施においては、自国内の他の作戦と連携する必要があるとともに、共同する同盟国等との常続的で綿密な調整・実行を求められることになる。クルー編成についても、当該要員の規模は数百名に及ぶことになるであろう。
  
  したがって、共同のIAMDに従事する要員については、基幹となる要員は米国が運営するハワイの太平洋IAMDセンターにおける教育を受け、一般要員は国内において、統合の専門教育課程又は機関を整備すべきである。
  特に、2014年10月に設立された太平洋IAMDセンターは、IAMDの最新知識の普及、インド太平洋地域内における同盟国等との共同IAMDの拡充等を目的としているため、同センターに定期的に自衛隊からの専門要員を派遣し、作戦運用から訓練演習に至る幅広い見識を高めることが必要である。
  
  また、今後は米国をはじめとする同盟国等との間で、主として共同のIAMDにかかる共同指揮所演習の頻度を増やす等して、要員の練度養成に注力することが望まれる。
  こうした人的戦力の養成・確保の次に考えなければならないのが、後方・補給の問題である。特に弾薬の備蓄配分については、ミサイル脅威が顕著になる以前から常に検討を余儀なくされてきた独自対処上の、かつ日米共同上の大きな問題でもある。
  
  将来戦において中国の圧倒的なミサイル脅威による飽和攻撃を受けた場合、弾薬の消耗、関連装備の要修理等は従前の比ではない状況に至るはずである。弾薬に関しては、国内での増産・備蓄、米国製弾薬の緊急調達要領等の確立が必要となる。また、自衛隊はもちろんのこと米軍装備品の修理等に関しても、我が国内の防衛産業が対応することを事前に考えておくべきである。

 

6 結びに

  本稿では、近年高まる経空脅威、特にミサイルによる飽和攻撃に対して、抑止及び対処の有効な手段である我が国の総合ミサイル防空が目指すべき方向性を、国内諸事情及び米国IAMDの将来動向に照らしながら、明らかにしてきた。併せて、総合ミサイル防空を具現化していく上で、優先すべき施策・事業にも付言してきたところである。
  
  中国の圧倒的なミサイル脅威に対処するためには、日米共同による強靭なIAMD態勢の構築が望ましいものの、我が国が独自に対処しなければならない事態の想定、並びに我が国防衛産業基盤の確保等にかんがみ、総合ミサイル防空の具現化にあたっては、まず国内のあらゆる防空用装備品をネットワーク化することを最優先すべきであると指摘した。
  その上で、日米双方が様々な技術的、政策的な問題を解決するために協議を重ねつつ、米国IAMDとの本格的な連接に向かうべきと提言した。
  
  また、我が国が総合ミサイル防空能力を将来的に拡充させ、経空脅威への独自対処力をある程度保持するために、①ネットワークの攻防能力の強化②攻勢対航空手段の充実③先進技術開発等の継続的推進を重視事項として挙げた。特に、我が国が将来において実効的なIAMDを目指すためには、米国同様に攻勢対航空能力を保有することが強く望まれる。
  加えて、今回は本文中で触れることはなかったが、総合ミサイル防空では焦点が当たっていないように見られる消極防衛による各種被害極限施策の充実が必要である。
  
  最後に、米国IAMDの抱える課題と将来動向を見据えながら、日米の相互運用性のさらなる向上を図り、日米共同IAMDをより強固にするために、①共同の指揮②相互連携による教育訓練③実効的な後方補給が重要であるとの示唆が得られた。
  
  一方、我が国の総合ミサイル防空が実現すべきあるべき姿を、編成組織、指揮通信、作戦運用といった項目ごとに具体的な例をもって示すことはできなかった。ネットワーク化に関しても、米国における先行研究の概要のみに触れ、技術的な課題を明らかにすることができず、その解決の方向性についても分析するまでには至らなかった。
  
  今後は、我が国の総合ミサイル防空をより進化させ、ミサイル飽和攻撃への単独対処及び日米共同の両面において、その真価を発揮するために必要な防衛政策の見直し等に焦点を当てた検討に取り組んでいきたい。

『我が国の次なる安全保障戦略に求めるもの』(令和2年5月10日:福江広明)

この記事は、航空自衛隊退職者団体・つばさ会が作成する「つばさ会だより」第153号(令和2年5月10日発行)の『つばさ時評』に掲載したものです。

1 はじめに:『国家安全保障戦略の常なる考察を怠らず』

    今年3月8日、偕行社主催のシンポジウムにおいて発表の場を与えられていた。テーマは「新しい国家安全保障戦略を考えるー米中覇権争いの狭間でー」である。
  しかし新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、同シンポジウムは時期未定の延期となった。本稿はそのために準備した論述の要旨である。
  
  現在、世界に蔓延する感染症に各国が共通の脅威として国際協調を図りつつ、対応措置を講じている。寄稿の現時点で収束の時期は見えていない。
  この世界的なパニック事態がいずれ鎮静化に向かえば、各国は衛生医療の分野をこれまで以上に考慮すべき対象として掲げ、自国の安全保障がいかにあるべきかという重要課題に必ず取り組むことになる。我が国がこうした時期を迎えた際に、国家安全保障戦略の見直しの一助となれば幸いである。

2 抑止について概念から実効への飛躍を目指す戦略見直しを希求

  ここでは我が国の国家安全保障戦略が策定された年度を付して「2013戦略」と称する。この戦略の見直しにあたっては、抑止に関してこれまでの概念的記述から実効性ある内容への躍進を目指すべきというのが、私が最も主張したい点である。
  
  まず2013戦略策定直後の評価を振り返る。同戦略は、戦略策定の司令塔的存在として国家安全保障会議が設置され、基本理念、国益、国家目標を明確にして、国家戦略の基本方針及び各種基盤的事項を示したことは、大いに評価されるとの声が一般的であった。
  と同時に、当該戦略は各種課題を抱えていると多くの研究者等が指摘している。特に真に必要な抑止及び対処のための適切な資源配分がなされていないとの防衛予算の不備や、我が国防衛力の強化及び米国等との緊密な協力といった表現に終始し、具体的な対応策に言及されていない等の批判が挙げられている。
  
  一方、内閣官房が一昨年末に発表した2013戦略の評価は「現下の安全保障環境と国家安全保障上の課題は、本戦略で示された基本的な認識の枠内にある」「戦略的アプローチの必要性・重要性に変わりはない」と記述され、早急な見直しを要さないともとれる書きぶりとなっている。
  
  しかし、2013戦略の策定から7年が経過して我が国を取り巻く安全保障環境は激変し、これまでの課題が、より顕著になったことをもっと重く見るべきと考える。私自身は2013戦略を速やかに見直すべきとの立場で、様々な見直しの観点がある中、次の二つを見直しの重要なポイントとして挙げる。
  
  一つは、従来から我が国の拒否的抑止の実効性、並びに米国の拡大抑止(核及び通常戦力)の信頼性が問題視されていることに加え、近年中国の戦力が拡大し続けていることに着目して、今こそ抑止に焦点を当て、その実効性を担保するための戦略的見直しが不可欠である
  もう一つは、日米同盟を基軸とする中でも、米国の同盟政策に不確実性が生じる可能性への備えとして、防衛・外交のみならず、あらゆる国家機能を活用する、真の意味での総合安全保障を確立し、各種の国家目標を達成するための具体的な手段を明確にすべきことである。

 

3 2013障戦略策定以降の我が国を取り巻く安全保障環境の変化

  2013戦略策定以降の安保環境の変化については、具体的な事象を列挙した下表のとおりである。 

2013戦略策以降の安全保障環境の変化

■グローバルな安全保障環境

  〇 米国:トランプ新政権の誕生(2017)、国家安全保障戦略等の策定(2017,2018)、「自由で開かれた太平洋」ビジョン提唱(2017)、米中貿易摩擦激化、ファーウェイ・ZTEの排除

  〇 中国:習近平国家主席の任期撤廃(2018)、「一帯一路」提唱及び諸施策の推進(2013)、「21世紀中葉までに世界一流の軍隊」を実現する目標(2017)

  〇 ロシア:クリミア半島の併合(2014)、シリア内戦に介入(2015)、プーチン大統領再選(2018)、「強い国家」「影響力のある大国」の復活を追求

  〇 欧州:露の力による現状変更の動きに対する警戒心、英国のEU離脱、中東・アフリカからの難民・移民の流入問題

■アジア太平洋地域の安全保障環境

  〇 中国:尖閣諸島国有化(2012)後の活動活発化、南シナ海における力による現状変更(南沙、西沙等)、東シナ海防空識別区の設定(2013)、尖閣周辺の活動継続、西・南西域における中国軍の海空活動の広域化、常態化、活発化)

  〇 北朝鮮:核及び弾道ミサイルの開発(2014)、度重なる弾道ミサイルの発射、HGVの開発着手(2019)

  〇 韓国:文政権による反日(2014)及び親北融和(2018)政策、GSOMIA破棄寸前

  〇 東南アジア諸国:中国に対する警戒及び経済的圧力へのジレンマ

  近年の趨勢からは、予測困難にして不確実性を常に伴った時代の中で米中露それぞれの国が、自国の国益を第一義に地経学的なアプローチで追求するせめぎあいが常態化し、それに巻き込まれる国が多数出現していると言えるのではないだろうか。
  
  大国同士が相互経済依存の状況にありながら、自国最優先主義を追求することにより、様々な政策上の軋轢を生じさせてきた。大国間のパワー・バランスの動向や変化も見落とすことができない。中長期的には米中関係のみならず米国の行方自体すら不確かだ。
  
  こうした不確実性の時代だからこそ、我が国が安全保障を全うするためには、米国一辺倒ではなく、国家の自立性を大いに追求すべきである。我が国が自立力を高めることは、アジア太平洋の安定に資するとともに、ひいては日米同盟の強化に繋がることになるはずである。

 

4 2013戦略を見直すべき理由

  次に2013戦略を見直す理由を情勢認識、事態対応、日米同盟の三つの観点で整理した。 
  
  最初は、情勢認識の観点。2013戦略策定以降、中露による現状変更の試みが加速する中で、多くの国において中露両大国に対する抑止への関心が一段と高まっている。
  こうした情勢下、同盟関係にある米国が中露を長期的な戦略的競争相手と位置付け、強硬姿勢への大転換を決定した。これに対して我が国が国家戦略上いかに対応すべきかを明示することが見直しの第一の理由である。
  
  次に、事態対応の観点。今日、グレーゾーン事態が常態化している状況に最大配慮することが見直しの第二の理由である。この場合、グレーゾーン事態から武力攻撃事態までのあらゆる段階(エスカレーション・ラダー)を想定した全段階的な抑止の実効性を高める上での見直しが必要と考える。
  
  事態対応のもう一つの観点。現在では既に常態化しているとみるべき、領域横断的事態においては、新領域及び従来領域を問わず戦力発揮上の優位性をいかに獲得すべきか、より具体的な施策を追記するための見直しが第三の理由である。
  
  三つめの観点は日米同盟関係。ひとつは、安保条約改正の検討と、ガイドライン下の各種施策・措置の具現化を促すための見直しが第四の理由である。安保条約締結時と大きく異なる安全保障環境に適応することを考慮すると、日米安全保障条約の改定時期は既に来ている。
  
  現行のガイドラインにあっても、全省庁等による協力の下、実効性のある柔軟な抑止措置が以前から求められている。しかし未だに実効性に欠けていることから、その是正を図るための検討を促進する上での見直しが必要である。
  また米国との同盟の信頼性を高める努力を行いつつも、我が国独自の防衛力を強化する方向を明確に打ち出すための見直しが第五の理由。つまりは防衛予算上の不備改善が必要だということである。

 

5 2013戦略を新たにする上での基本的考え方

  ここまでは近年の国際情勢の激変と、米中二大国間競争時代にかんがみ、抑止を重視した国家戦略への見直しを強調してきた。ではなぜ今、抑止の重視が必要なのだろうか。 
  抑止という言葉は、過去、防衛計画の大綱、防衛白書等においても、もちろん2013戦略でも頻繁に使われてきたが、これまで抑止について議論されたのは、沖縄復帰時、極秘裏に一部の専門家によって核の拡大抑止についてなされたのみであると指摘する研究者もいる。
  
  我が国にあっては、これまで抑止という言葉を概念論として使用してきたものであり、実効性を伴うものではなかったと指摘する研究者は少なくない。その論拠の一つとして、我が国の防衛政策は専守防衛のように概念先行で、抑止力の効果を具体的に検証するための各種能力見積りが殆ど実施されてこなかったことを挙げている。
  
  またガイドライン等で、米国の拡大抑止に依存する旨を宣言し、日米拡大抑止協議が時折開催されているのは承知しているが、発生する安全保障事態のいかなる段階でも適切な拡大抑止を機能するよ
  だからこそ、今、抑止に焦点を当てた国家戦略の見直しを早急に行うべきと強調したい。その抑止の論理を明らかにするアプローチの一つとして参考となるのが冷戦期の欧州における拡大抑止に関する議論である。
  
  そもそも抑止理論は、冷戦時、圧倒的に優勢なソ連の侵攻を如何に抑止するのかという関心に基づき、特に核抑止の観点から発展してきたのは周知のとおりである。その当時の状況を現在の我が国及び東アジア地域に照らし合わせてみると、中国による接近阻止・領域拒否環境下において、中距離弾道ミサイル等の戦力不均衡という点で東アジアは冷戦期の欧州と類似しているとみることができるだろう。
  
  この類似性を念頭に、冷戦時の欧州諸国がソ連に戦力不均衡ながら抑止を全うした歴史に学び、日米同盟下にあって、我が国の限定的な防衛力を持って中国の量・質共に強大な弾道ミサイル、巡航ミサイルをはじめとするエアパワーを抑止するためにどうすべきかを考えなければならない。
  
  こうしたことから、抑止を国家安全保障戦略の中軸に置き、真に実効性を確保するための具体的な施策等を明らかにすべきである。もちろん、冷戦期のソ連に対する抑止理論が現在の中国にどこまで通用するのか、宇宙・サイバー・電磁波の新たな領域における抑止とはいかなるものか、各種システム体系の革新が従来の抑止理論にどのように影響を及ぼすかについて大いに議論が必要なことはよく理解できる。しかし、まずはこうした課題認識を持ちつつ、米国による拡大抑止の信憑性向上及び我が国においては専守防衛の枠に縛られない拒否的抑止について、国家防衛上の実効性を念頭に置いた本質的議論の結果を、新しい国家戦略にはっきりと反映することが重要であろう。

 

6 前項に基づく見直しにあたっての重視すべき事項及びその具体的施策

  2013戦略を抑止重視戦略として見直すにあたって、重視事項は次の三つになる。  
  
  まず①拒否的抑止(一部の懲罰的能力を含む)の実効性を確保する。次に②米国による拡大抑止の信頼性を向上させる。そして③我が国の安全保障体制の強化である。これらの重視事項に関して、それぞれ政策面、能力面で早急に具現化すべきことについて付言する。
 
  ①拒否的抑止(一部の懲罰的能力を含む)の実効性を確保することについては、政策面では専守防衛の見直しを図り、国家防衛上の防勢的イメージを払拭し、バランスのとれた攻防戦力による拒否的抑止を有することを周辺国に知らしめることが重要である。
  このため、能力面にあっては、エアパワーを主力に拡充整備しなければならない。また、抑止力の裏付けとして敵基地等攻撃能力を懲罰的な能力として保有することも不可欠である。さらに、実効性確保のための優先施策として、指揮統制、警戒監視、作戦基盤構築、後方・補給にかかる各種施策が必須である。
  
  次に②拡大抑止の信頼性を向上させることに関しては、政策面では、拡大抑止に関わるデカップリングを生じさせないよう核使用と通常戦力を繋ぐエスカレーションラダーの検討等に関する協議を日米間で密にすることを求めたい。
  また、能力面にあっては、日米双方のエアパワー投射能力(特に、対ミサイル能力)を事態の全段階を通じて把握するとともに、これに基づく共同による模擬、実動を問わない訓練演習を実施すべきである。つまり、キーンエッジ、キーンソード各日米共同演習をさらに実戦即応形式で行うべきである。信頼性向上のための優先施策としては、ガイドラインの見直しを最優先するほか、共同の指揮統制要領、共同使用の作戦基盤構築、弾薬補充要領等を挙げる。
  
  最後に③我が国の総合安全保障の体制の強化については、政策面では、全省庁等が関与する総合安全保障戦略の策定枠組みを設置し、国家安全保障会議の主導により、全ての国家機能を一元的に発揮できる抑止戦略を策定し、それに基づき適切に実行するしくみを創ることが重要となる。その際、体制強化のための優先施策として、国家安全保障局の人材確保、さらなる権限強化等を挙げたい。

 

7 結びに:『タブー無き安全保障議論の興起こそ、新国家戦略導出の鍵』

  米中による戦略的な覇権競争激化の時代にあって、冷戦期の米ソにかかる抑止理論を参考に、我が国が米国の拡大抑止の信憑性を高めることにもっと重きを置くべきだ。併せて、独自の拒否的抑止を実効性あるものにしていくために、抑止の概念を再度熟考し、その実効性担保については国家的レベルにおいてタブー無き議論を展開し、速やかな結論を得ることが極めて大事である。 
  
  外務省出身の佐藤行雄氏は日米間の抑止の在り様について、「平時から武力行使までの『切れ目のない』日米防衛協力が行われる態勢を作ること、そしてこの防衛協力の態勢が『米国の核戦力を含むあらゆる種類の能力』による拡大抑止につながっていることを明確にしておくことが不可欠」との見解を示している。
  私自身も佐藤氏同様に、より包括的な抑止を見出し、その実効性を伴う形で戦略上に表現すべきとあらためて強調したい。さらに我が国のあらゆる機能を集約した2013戦略に代わる真の意味での総合安全保障戦略を策定し、その着実な実行、そして評価に基づく改善を継続すべきだ。
  
  今後とも日米同盟を再漂流させない、盤石化を図っていく姿勢を保持しつつも、我が国単独による国家・地域安全保障上の抑止及び対処の各能力構築を積極的に推進して、国家防衛の自立性を高めていくという、したたかな国家安全保障戦略が新たに策定されることを切望してやまない。

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